第11章 鬼さん、こちら。✔
なんでだろう。
炭治郎に告白した時は、こんなに躊躇しなかった。
人喰い鬼と蔑む目で見られたって構わないとさえ思っていたのに。
なんで杏寿郎相手だと、こんなにも言葉が詰まるんだろう。
「姉さんを、その血肉を、私は喰ったの」
そんな疑問、考えなくてもわかった。
心が、体が、伝えていたから。
この指先に触れている温もりを、失くしたくない。
太陽のような明るい笑顔を、失くしたくない。
強引なくらいに引っ張っていってくれる、その強さも。
初めて異性の腕の中でも安心して涙を流せた、その包容力も。
常に一歩先を進んで道を手解きしてくれるのに、熱心に作る花輪は拙く不器用で。
好物を前にするとうまいと大きな声で連呼する幼い顔と、弱き者を守る為に生まれたのだと決して弱さを見せない大人びた顔と。
全部、失くしたくない。
全部、傍で見ていたい。
…ああ、そっか。
私はこの人が──…好きなんだ。
嫌われたく、ない。
「だから…私も、杏寿郎が見てきた鬼と、同じだよ」
俯いた顔は上げられない。
もし今私を見ている杏寿郎の顔が、柱として鬼を見るものだったら。
冷たく見据えるものだったら。
真正面から受け止められる自信がない。
静寂の中。
唯一感じていた指先の温もりが…不意に途切れた。
──あ。
離れていく指先。
握り返したけど遅かった。
思わず追い掛けるように顔が上がる。
見ないようにとしていた杏寿郎と、目線が重なった。
「いや、」
温かい。
「やはり君は、他の鬼とは違うな」
離れたはずの温もりが、すぐ傍にあった。
頬を包むように触れた杏寿郎の両手が、優しく私の顔を掬い上げる。
「俺が見てきた鬼達は、人を喰らったことをそんな顔で告げたりはしなかった」
そんな、顔?
「君の心が見えるようだ。…痛いな」
ほんの少し眉を下げて、微笑むとも取れない杏寿郎は優しい目をしていた。
私、そんな痛々しい顔してたのかな…。
「君の中にあるその痛みは、簡単には取り除けないものだろう。ならば俺は共に抱えていたいと思う」
「共、に…?」
「君が許してくれるなら」
告げてくる声は、その目と同じで優しかった。
私を咎めるようなものは何一つない。