第11章 鬼さん、こちら。✔
「誕生祝いに欲しいものが、ひとつだけある。蛍から受け取りたい」
「え? あ、うん。いい、けど」
あ。先程の答えって、誕生祝いのことね。
うん、それなら全然問題ない。
私ができることなら、してあげたいから。
「彩千代蛍」
「うん」
「彩千代蛍だ」
「うん?」
うん、だから欲しいものって?
呼ばれて応えれば、握っていた手を引いて──…杏寿郎の口元に、私の指先が触れた。
「俺が欲しいのは、彩千代蛍だと言ったんだ」
「………は、い?」
え? なんて…え?
いや待って手。
握られてる手の先。
指先に、口付け、られた?
「君が欲しい」
口元に私の手を寄せたまま、その目は真っ直ぐに私を見ていた。
貫くような、あの真っ直ぐな視線で。
どくりと鼓動が脈打つ。
「…ぇ…」
「継子としての君ではない。鬼としての君でもない。慕う相手として、俺の傍にいて欲しい」
したう、あいて?
それって──
「っ」
顔に強い熱を帯びた。
自分でもわかるくらいに顔が熱い。
流石にその意味はわかる。
慕うって、それって。
特別って、そういう。
「…そんな反応を見せられると期待してしまうんだが」
思わず空いた手で口元を覆えば、杏寿郎の顔がほんの少し和らぐ。
困ったように苦笑する顔からして、やっぱり顔が赤いのわかるんだ。
どうしよう。
恥ずかしい。
「こんなことを伝えておいて勝手かもしれないが、困らせたい訳じゃないんだ。少しでも躊躇する気持ちがあるなら断ってくれて構わない」
なんて応えればいいのか。
言葉を返せずにいる私に、引き寄せていた手を握る杏寿郎の力が緩む。
「それでも俺は変わらず、君の師範でいよう。迷い立ち止まった時に君を導きたい気持ちは同じままだ」
するりと落ちてしまいそうになる。
触れている、杏寿郎の掌の温もりから。
離れて、しまいそうに。
「…っ」
それは嫌だ。
この手を握っていたい。
この手に触れていたい。
「…蛍?」
このひとを繋ぎ止めていたい。
その一心で、杏寿郎の手を握り返していた。