第11章 鬼さん、こちら。✔
「私もそんなふうになりたいと思った。自分で道を拓いて、自分で変わりたいと思った」
誰かに強制された道を進むんじゃなくて。
何かに流されるままに進むんじゃなくて。
杏寿郎のように、胸を張って己の道筋を作れるようになりたい。
そしたら私も、杏寿郎のように曇りの無い目で人生を語れるようになれるかもしれない。
自分の生きた道が恥ずかしいだなんて、思わなくなるかもしれない。
「全人類なんて言い切れないけど、両腕いっぱいに抱えるくらい。人を信じられる心を持てるようになりたい」
そしていつかは。
その両腕に抱えきれないくらい、大きな思いを持てたなら。
私も、私は私なんだと言えるようになるかもしれない。
「そう思わせてくれたのは、杏寿郎なんだよ」
姉さんの死で止まったままだった私に、違う景色を見せてくれた。
「前に、義勇さんが私の大事な場面で傍にいる人だって言ったよね。でも、義勇さんだけじゃないよ。杏寿郎にしかできないことで、私を変えてくれたから。杏寿郎は、私にとってそれだけ凄いひとで、唯一無二のひと」
杏寿郎の瞳が、大きく揺れる。
暫くの沈黙を呑み込んだ後、噛み締めるように閉じていた口をゆっくりと開いた。
「…君の方こそ凄いな。俺が欲しいと思った言葉を、そうも適格にくれるとは」
そういうつもりで言ったんじゃないけど…でも、杏寿郎がいつもとは程遠い表情ではにかむから。
胸の奥が、ぎゅっとした。
無意識に拳を握りしめる。
胸の前で、心の臓の鼓動を抑えるようにして。
「っ私は…私にとっても…杏寿郎は…他の人とは違う、から」
言わなきゃ。
今、伝えなきゃ。
理由なんてわからないけど、そう思った。
「だから、あの時は…嬉し、かった」
どくどくと心臓が煩い。
握った拳で胸を押さえ付けて、杏寿郎に聞こえませんようにと体を縮めた。
「杏寿郎だけじゃ、ないよ。私も…私にとっても、杏寿郎はただの人間じゃないから」
煉獄家の長男で。
鬼殺隊の剣士で。
人の上に立つ炎柱で。
私の師範で。
肩書きは沢山あるけど、それを全部取っ払っても、私の中に残るもの。
「私の…特別な、ひと」
そこに一欠片の迷いもなかった。