第11章 鬼さん、こちら。✔
「此処を憶えているか?」
「此処?」
ふと改めて、杏寿郎の目が辺りの草原を見渡す。
「蛍を初めて散歩に誘った夜に訪れた野原だ」
「えっそうなの? あの時と全然景色が違うから、わからなかった」
思わず周りを二度見した。
此処が、初めて杏寿郎と月夜の散歩をした場所だったなんて。
あの時は多分、秋頃だったと思うけど…青い草が生えていただけ。
でも今杏寿郎と私が座る周りには、菖蒲と白詰草の群れ。
「あの時は長月だったからな」
「やっぱり秋だったんだ」
「気付いてなかったのか?」
あ、バレた。
「はっきりとは、ね。ずっと檻の中にいたし、あの頃はあんまり周りに関心がなかったから…」
「…そうだな。あの頃の蛍は、今とは全く違った。この場に立っているだけで、溶け込み消えてしまいそうな気がした」
思い出すように先を見据える杏寿郎に、同じく先へと目を向ける。
「消えるって、何処に?」
「この世のうねりの中に」
…確かに杏寿郎の言う通りかもしれない。
あの頃の私は他人に命を握られていた。
鬼は死すべき存在。滅して当然のもの。
周りの柱は誰もが私の斬首を求めていて、お館様が容認すればすぐに消えていた命だった。
杏寿郎も、私の斬首を求めていた一人だった。
「あの日、君は言ったな。人間が怖いと。それ故に自分は鬼になったのだと」
「うん」
「今も人は怖いか?」
「…杏寿郎は、怖くないよ」
人間は三種類いる。
姉さんのように私を人間として見てくれる人と、あの男達のように私を物としか見ない人。
そしてその他の、私には一切関心のない他人。
それは鬼となっても然程変わらなかった。
私を人間と同じに扱ってくれる人と、殺すに値する鬼というモノとして見てくる人と、その他の興味すら向けない他人。
杏寿郎は、私を人間と同じように扱ってくれる人だ。
「…そうか」
きっと私の答えは杏寿郎の期待したものじゃなかったんだろう。
いつもの張りのある声とは比べ物にならないくらい、小さな声で返された。
そんな姿を見ると、なんだか胸の奥が痛む。
…でも人の手によって殺された記憶は、私の中から簡単には消せない。
それを丸ごと許して愛せる広い心なんて、私は持っていない。