第11章 鬼さん、こちら。✔
「あっ」
「?」
「ちょっと待ってて杏寿郎。そのまま動かないでね」
「蛍?」
その場で思い付いたことはなんとも幼稚なものだったけど、今できるのはこれくらいしかない。
杏寿郎から背を向けると、急いで手元を動かす。
他愛ない話をしながら、なんとなしに遊んでいたものだ。
「どうし」
「覗くの禁止っ」
「む」
ぴしゃりと言えば、ぴしりと杏寿郎の背が固まる。
よし。動いちゃ駄目だよ。
そうして奮闘すること息継ぎ凡そ三十回分。
「杏寿郎」
「う、む?」
両手を背中に回して、杏寿郎と向き合って立ち上がる。
見上げてくる杏寿郎は私に言われた通り、身動ぎ一つしない。
その頭上に、先程作ったそれを掲げた。
「お誕生日、おめでとう」
明るい髪色にふわりと乗せたのは、さっき摘んでいた白詰草で作った冠。
成人男性の頭に飾るようなものじゃないかもしれないけど…今くらい、いいよね。
「こんなもので悪いけど…」
主役は杏寿郎だから。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
そして私と、出会ってくれて。
その言葉は呑み込んで、上から見下ろす珍しい角度の杏寿郎を見つめる。
相変わらずぽかんとしたまま、頭に花輪を乗っけた姿はなんとも…うん。
とても威厳と権威と実力を兼ね備えた柱には見えない。
は、恥ずかしい思いさせた、かな?
いつまでも反応のない杏寿郎に内心そわそわしていると、不意にその顔が──くしゃりと崩れた。
「…よもや、」
ふ、と唇の隙間から吐息を零す。
口元は緩やかに上がり、眉尻は下げて。
恥ずかしそうに笑う顔に、赤みがほんのりと差す。
わ、あ。
年相応な杏寿郎の笑顔は何度か見たことがあったけど…こんなふうに照れ笑いする顔は初めて見たかも。
…可愛い、な。
「誕生祝いに、女性から花冠を貰う日が来るとは…」
「い、嫌だったら遠慮なく言って。わかってるから。気遣わなくていいから」
嫌だよね恥ずかしいよね普通。
ごめんねこんなことしか思い付かなくてっ。
「いや、」
余裕がなく早口になる私に対し、杏寿郎の笑顔が消えることはなかった。
「幼き日に、父と母と弟に祝われたことを思い出した」
…それって。
「ありがとう、蛍」