第11章 鬼さん、こちら。✔
杏寿郎は優しい人だと思う。
休む理由を自分の所為にして、でも足を止めてくれたのはきっと私の為。
「こうして蛍と夜の散歩をするのは久しぶりだな」
「そうだね。前はよくしてたのに」
それだけ他にやるべきことが増えたのは、いいことだけど。
でもふと思い返せば、杏寿郎と他愛ない話を交える夜の散歩は、私にはとても大事なものだった。
あれがあったから監禁生活を余儀なくされても、そこまで塞ぎ込み過ぎずにそれなりに目を開けて生きていられた気がする。
そしてあの時間を作ってくれていたのは全て杏寿郎だ。
何度も地下牢にまで足を運んで、私を外の世界に連れ出してくれた。
「地面を使って文字の練習をしたり、お弁当を食べたり」
鬼殺隊の難しい用語も一つ一つ、私が覚えるまで丁寧に教えてくれた。
お弁当はお腹を空かせる杏寿郎の為に私が提案したけど、大きな声で「うまいうまい」と連呼しながらご飯を頬張る姿は見ていて面白かったっけ。
私は鬼で杏寿郎は柱なのに、二人で過ごす時間は穏やかで。気付けばその日を心待ちにしていた。
今もそう。
ただ並んで座っているだけなのに、杏寿郎の隣は春の夜風と同じに心地良い。
二人して柔らかな草に腰を落ち着けて、月夜を見上げる。
周りには花弁を閉じた紫色の花と、春によく見る白詰草。
すぅ、と目の前の空気を吸い込む。
花弁は閉じているけれど、ほんのりと香る花の匂い。
藤の花に似ている色合いだけど、あの花のように触れても私の細胞を溶かすことはない。
…こんなに落ち着いた気持ちで花に触れられたのは、久しぶりかも。
「白詰草ならわかるけど、これなんて花だろう?」
ぷちぷちと白詰草を摘みながら、なんとなしに疑問を抱く。
「菖蒲だ」
「あやめ?」
「普段は池や川で見かけることが多いんだが、此処の菖蒲は珍しく地に根を伸ばしているんだ」
「へぇ…」
というか、そんなに詳しいことに吃驚した。
「杏寿郎、花に詳しいんだね」
「というよりも、その花だけだが」
「そうなの?」
「母が教えてくれた」
杏寿郎のお母さんが?
確か前に、お母さんは早くに亡くしたって…。
「菖蒲は皐月の誕生花。俺の生まれた日の花だと」
「生まれた…日?」
誕生花?
皐月?
え?