第11章 鬼さん、こちら。✔
「一度話してみたいものだと思っていたが、今日は蛍の鍛錬の日なのでな!」
見上げたまま、杏寿郎の手が蛍へと差し出される。
「帰ろう、蛍」
穏やかな呼びかけに、挙動不審にも揺れていた蛍の動きが止まった。
「…うん」
こくりと頷いて、申し訳なさそうに蛍の目が炭治郎へと移る。
「ごめん、炭治郎。血の件はまた今度ね」
「うん。わかった」
小声で端的に告げると、屋根上から影が一つ飛び降りた。
「またね、炭治郎。訓練頑張って」
「蛍も!」
ひらりと片手を振る蛍に、隣に立つ杏寿郎の強い視線が炭治郎と重なる。
それも瞬く程で、すぐにその目は逸らされた。
(あの人が蛍の師範…炎柱の、煉獄さん)
主張の強い、夜の闇にも勝る炎のような背中。
まじまじと見送っていた炭治郎に、
「もし」
ふわりと小柄な影が重なった。
「もしもし」
「ハイッ?」
「頑張ってますね」
素っ頓狂な声を上げながら振り返った炭治郎の視界いっぱいに、広がる整った小柄な顔。
長い睫毛に深く大きな瞳。
「あっ」
突然の登場に目を丸くする炭治郎に、同じ屋根に静かに降り立ったまましのぶはにこりと微笑んだ。
❉
「ごめんなさい。帰るのが遅くなってしまって…」
遠くなる蝶屋敷を背に、隣を歩く杏寿郎の横顔を伺いながら呼びかける。
今日は鍛錬日なのに。
弛んでるって思われたかな…。
だけどこっちを向いた目はいつもの大きく見開いたものだったけど、咎めるような気配は感じなかった。
「時間を忘れるくらい、胡蝶の屋敷で夢中になれることがあったんだろう?」
寧ろ、なんだか優しい。
帰ろうと呼びかけてきたさっきの声も、私を見る今の視線も。
「うん。炭治郎達の機能回復訓練につき合ってね。禰豆子やアオイ達とお風呂にも入ったの」
この雰囲気なら話しても大丈夫かな…。
おずおずと今日あったことを話せば、いつもの大きな相槌はない。
杏寿郎は静かに耳を傾けてくれた。