第11章 鬼さん、こちら。✔
偶然、炭治郎の訓練を続ける姿を蝶屋敷の屋根の上に見つけた。
そういえば二人だけで話したことはなかったと、軽い気持ちで隊舎へと足を向けた。
そこで見つけた、もう一つの影。
炭治郎の隣に並んで座っていたのは鬼である蛍だった。
盗み聞きをするつもりはなかった。
それなのに気付けば忍び足で隊舎の陰に身を潜めていた。
ぽつぽつと呟くように話す彼女の過去に、気付けば全集中で耳を傾けていた。
蛍が姉を殺したことは予想していた。
その肉を喰らったのも確信していた。
しかしそこにどんな事情があったかなど全く知らなかった。
知らなくてもいいと思っていた。
血の繋がった姉を喰らった。それだけで十分罰せられる理由になると思っていたからだ。
しかし何故か今あるのは苛立ちや憤怒ではない。
聞かなくていいはずの話を聞いてしまった。
その奇妙な罪悪感と、ぽっかりと胸に空く虚無感。
気付けば強く、拳を握り締めていた。
「──」
違和感を覚えたのはその時だ。
はっと振り返ったしのぶの口元に、声より早く手が重なった。
「!…っ(煉獄、さん)」
気付かぬうちに背後を取っていたのは、炎柱の煉獄杏寿郎だった。
片手でしのぶの口を塞いだまま、空いた手で自身の口元に人差し指を立てる。
声を出すなと沈黙の中で告げるその表情は、派手な身形には似つかわしくない静かなものだった。
気を沈めるしのぶに一度頷くと、そっと手が離れる。
(あっ)
そのまま躊躇することなく、杏寿郎の足は隊舎の陰から踏み出した。
「──蛍!」
「えっ…杏寿郎!?」
「夜になっても戻らないので迎えに来た! 邪魔をしただろうか!?」
「ご、ごめん。それは大丈夫だけど…っいつから其処に?」
「今し方だ!」
月明かりの下に姿を現し、声を張り上げる。
そんな杏寿郎に驚きはしたものの、受け答えで話は聞かれなかったのだろうと蛍は胸を撫で下ろした。
「こ、こんばんは! えっと、俺は」
「知っている! 鬼の妹を連れた少年だろう!」
「は、ハイ!」
杏寿郎の張りある声につられて、炭治郎の背筋もぴんと伸びる。
驚き言葉を交わす二人は突然の杏寿郎の登場に驚いているものの、しのぶの存在には気付いていない。