第4章 柱《壱》
「だ、から…何も、問題ない」
そう、だ。
此処で冨岡義勇と杏寿郎が対立する意味なんて、何もない。
そんな意味を込めて、目の前の彼を見る。
相変わらず感情の見えない瞳は、その思考も見えなくて何もわからない。
でも…少しだけ、そこへの恐怖はなくなった。
どんな理由であれ、私の命をこの地で保証しようとしてくれていたのは、紛れもないことだから。
「呼吸のことは、よくわからない、けど…血の匂いに惑わされそうになったところを、杏寿郎は助けてくれた。だから、杏寿郎は、何も悪くない」
「……」
「うむ」
「やだ…蛍ちゃんが一生懸命喋ってるわ…可愛い…」
直接じゃなかったけど、杏寿郎とは何度も"言葉"を交してきた。
だから自然と話せるようになったけど、この人を前にするとまだぎこちなくなってしまう。
それでもどうにか誤解を解こうと告げれば、ようやくその場の空気が落ち着いた。
蜜璃ちゃんのずれた発言のお陰かもしれないけど。
「…その腕の傷は」
やがて沈黙の後、唐突に尋ねられたのは左腕の包帯の跡。
見れば杏寿郎に押さえ付けられた際に暴れた所為か、また血が滲み出てしまっていた。
「これは……」
言葉に詰まる。
…自分の肉を喰った跡だなんて言うと、退かれないかな。
「それは彩千代少女の"覚悟"の傷だ」
中々言い出せずにいた私の代わりに、告げたのは杏寿郎だった。
「稀血の誘惑を断ち切ったのも、彩千代少女自身。冨岡の言う通り、彼女は俺達の知っている鬼とはどうやら違うようだ」
この流れだと、話すのかな。
私が私の血肉を喰らっていること。
思わず縋るように見てしまっていたのか、杏寿郎と目が合うと、うむ!と力強く頷かれた。
…意味わかって頷いたの? それ。
「今宵のことは、一先ず俺と甘露寺と冨岡。そしてお館様との間だけの話としよう」
あ、わかってたらしい。
私が誰にも漏らしていないことを考慮してくれたのか、杏寿郎は立てた人差し指を口元の前に翳(かざ)すとそう宣言してくれた。