第11章 鬼さん、こちら。✔
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耳まで赤い蛍の姿を、姿勢を崩さぬまま見送る。
その気配が廊下の先から消えるまで待ち、消えたと察知した途端、力を入れていた体の強張りを解いた。
無意識に零れ落ちる溜息は深い。
そこに熱も入り混じっているようで、堪らず片手で口を覆った。
「よもや、だな…」
血を飲むことで鬼としての凶暴性が出ることは予想していた。
確かに最終的に牙を剥き喰らい付こうともしてきた。
しかし俺の声を聞いて、すぐに沈静化した蛍は十分に期待できる。
回数を重ねていけば、牙を剥くことなく血を摂取することができるようになるだろう。
「…しかしあれは…」
問題は〝その前〟だ。
一般的な鬼とは違い、蛍は日頃全く人の血肉を口にしていない。
故に血液一滴飲み込むことで、飢えが全面的に表に出てしまう道理はわかる。
しかし…白い肌を牡丹のように色付かせ、等しく上気した顔で上擦った声を上げる様は…血に飢えた獣というより、快楽を求める人の姿に見えた。
そういう目で見ていたはずなのに、"女"としての蛍の姿をはっきりと目にした気がした。
俺の腕を伝う血を赤い舌で舐め取る姿に、目眩のような感覚を覚えた。
無意識に伸びた手が頭に触れれば、心地良さそうに頬を擦り寄せてくる。
その様がなんとも愛らしくて、つい魔が差した。
鬼の急所である頸を一撫ですれば、身を震わせて熱い吐息の声を上げる。
見たことのない蛍の艶美な姿に目が釘付けになった。
その濡れた瞳に俺を映して欲しくて名を呼べば、求めるように近付く顔がそのまま唇に触れた。
飲血は興奮を高めるのか、俺の口を吸い舌を絡める行為は最早男と女の情事だ。
これがあの溝口少年の妹の鬼ならば、即刻やめさせていた。
しかし相手が蛍だったばかりに…
「…不甲斐ない」
気付けば俺の方が欲を剥き出していた。