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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 堕姫の血鬼術である長くしなやかな帯は、まるで堕姫本体とは別の人格を持っているかのように自在に動く。
 人格を主張しているような目と口も、ただの飾りではなく視界を持ち、意見を投げる為にあるものだ。
 その目がぎょろぎょろと蛍を至近距離から睨み、口はねとりと嫌味を告げるように動いた。

 はっとして顔を上げれば、周りにただの人である禿達はいない。
 いつの間にか襖は閉め切られ、部屋には堕姫と蛍の二人だけになっていた。
 その為に人成らざる帯も我が物顔で出てきたのだろう。


「なに、まだあの男が気になるわけ?」


 今度は鏡に向かっていた堕姫が、背を向けたまま問いかけてくる。
 純粋な興味というより、蔑むような冷たさが入り混じっていた。


「あんなろくでもない男に執着してなんの意味があるのよ。あんたのお気に入りの餌だったって訳でもなさそうだし」

「…執着は…していません」

「じゃあ何が気になるのよ。あの男はもう死んだんだから、あんたが気にかける必要なんて何もないでしょ」

「気にかけると言うより…気にならない、というか」


 止まっていた手を再び動かし、蕨姫花魁の髷を結っていく。
 視線は自然と下がり、塵一つ落ちていない畳まで落ちる。


「人が一人死んだのに。…私のことを知っている人が。なのにその死が哀しいだとか、同情みたいなものも何もなくて…解放されたような思いも、なくて…本当に、何も感じないんです」

「……」

「今までそんなことなかったのに…私が鬼、だからなのかな…」


 良い感情も悪い感情も、どちらであっても少なからず胸の内にはあった。
 こんなにも波風立たず、ただぽかりと空いた感情は初めてのことだ。

 相手が同じ鬼だからなのか。不思議と素直な感情を堕姫の前で蛍は吐露していた。
 ぽそぽそとか細く告げる蛍を見ていた鏡越しの顔。その細く形の良い眉が、くんっと強く跳ね上がる。

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