第11章 鬼さん、こちら。✔
口の中に肉の塊らしきものはない。
でも血の味は微かに残ってる。
まさか、噛み付いたり…
「案ずるな。君は俺の血を飲んだだけだ」
段々とはっきり視界が明るくなってくる。
仰向けに倒れている私の視界に、部屋の天井と杏寿郎の顔が見えた。
ほっとしたように笑う杏寿郎の身が退いて、ようやくその手に押さえつけられていたのだと知った。
ということは、私、杏寿郎を襲ったの?
「でも、私…」
「大丈夫だ。誰も怪我はしていない。君も、俺も」
いつも私の欲しい言葉をくれる、杏寿郎の声。
静かで優しい声は心に染み入るように、安心感をくれる。
仰向けに倒れていた体を起こす。
「よく堪えたな」
「っ…本当、に?」
「うむ。寧ろ俺が…」
「?」
「…いや」
何かを言いかけて言葉を濁すと、杏寿郎の手が私の手足を縛っていた紐を解いた。
「具合はどうだ。飢餓の状態は?」
「…落ち着いた」
空腹感はない。
頭が冴えたように、徐々にすっきりとしていく。
…けど。
「なんか、変に体が熱いというか…まだちょっと残ってるのかな…」
鼓動がどきどきしてる。
知らずに熱い吐息が零れた。
「う、む。そうか」
「体もなんかべとべ…と?」
というか濡れてる。
手元や口周りも、血というか自分の唾液でというか…。
両手を見れば、ほんのり血の匂いが混じってる。
でも咄嗟に杏寿郎の腕の止血をして、付着したはずの血がない。
これって…
「蛍の両手にも俺の血が付いてしまっていたからな。あちこち舐め取っていたぞ!」
「えええ…!」
な、舐め…!?
犬みたいにってこと!?
そういえばなんかそんな記憶ある…!
貰った血だけじゃ足りなくて、匂いを辿ってあちこち舐め…舐…め……
「…杏寿郎」
「なんだ?」
まさか。
「私…杏寿郎も…その、な…舐め…」
たり、してないよねまさかしてな
「ああ! 舐められた!」
「ええええ!!」
ま じ か!!
「ごめんなさいぃい!!」
罪悪感とそれを上回る羞恥心に、堪らず土下座する勢いで頭を畳に押し付ける。
恥ずかしくて杏寿郎を直視できない!
というかそんなハツラツとした表情で言わないで!
それも大声で!