第11章 鬼さん、こちら。✔
「…蛍」
「うん」
「それが提案とやらなのか?」
「? うん」
「やはり俺は信用されていない気がするんだが…」
「してるよ。だから血を下さいって言ったの」
いざ用意を進めれば、さっきの和やかな表情は何処へやら。神妙な面持ちで返された。
杏寿郎の言い分もわかる。
だって今の私は両手首、両足首をそれぞれ一つにきつく紐で結んでいるから。
私が杏寿郎に提示した案がこれ。
せめて血を飲む際は私の手足を拘束して、と条件を付けた。
「相手が杏寿郎だから、最善の形でお願いしたいの」
もし私が血肉の欲に負けて暴れてしまったら。
杏寿郎相手に命の心配はないけど、下手すれば怪我させてしまうかもしれない。
それは私が嫌だ。
その思いを告げれば、渋々ながらも杏寿郎も納得してくれた。
「しかしその状態でちゃんと血を採取できるのか?」
「大丈夫。胡蝶のくれた道具が凄いから」
医療知識に疎いからよくわからないけど、注射器に似た道具を胡蝶は貸してくれた。
人体に射し込むだけで勝手に血を採取してくれる、驚きの道具だ。
常にそれを持ち歩いて、採血の際に用いるようにと使い方を教わった。
「ここ、に…んしょ」
両手首を拘束しているから少しやり難いけど、着物の懐から細長い箱を取り出す。
中を開けば一本の透明な筒状の容器が入っていた。
先端には鋭く細い針が付いている。
ぱっと見て注射器に似てるけど、針の付いたゴム筒の後ろの透明な硝子の筒は取り外すことができる。
ここに血を溜めて、私がその場ですぐ飲めるように作られたものだから。
使用回数は一本につき一回。
一回あれば十分だ。
「この針を杏寿郎の血管に射し込んだら、自動でこの容器いっぱいまで血液を溜めてくれるの」
「自動か…胡蝶が作るものにはいつも驚かされるな…。して、どこから血を採る?」
「腕が無難だって言ってた。杏寿郎、利き腕じゃない方の手、出して」
「うむ」
落ち着いた滅紫色(めっしいろ)の浴衣の裾を捲り露わにした腕を、杏寿郎が差し出してくる。
十二分に鍛え上げられた、筋肉の形がわかる引き締まった強い腕。
ええと、確か腕の内側の静脈がある辺りに…。
掌を上にするように裏返して、片手で注射器を握る。