第11章 鬼さん、こちら。✔
「俺が訊かねば黙っていただろう。何故だ?」
「…まだ耐えられると思ったから…」
「どこまで耐えるつもりだったんだ。その調子だと明日の鍛錬は満足にできないだろう」
「……」
「飢えに抗うのは悪いことではない。しかし状況を見極めることも大事なことだ」
杏寿郎の言う通りだ。
耐えるなら、今夜がぎりぎりだと思う。
でもそのぎりぎりまで躊躇してしまうのは…やっぱり。
「耐えることだけが正義ではないぞ。己を見つめ直せ」
…わかってる。
でも、だからって。
そう簡単に血に飢えた顔なんて見せられない。
相手が杏寿郎だから、尚更。
「すみません…覚悟足らずでした。この後、血を貰いに行ってきます。明日はちゃんと鍛錬できるようにしますから」
だけど杏寿郎の言うことは正しい。
炎柱の継子として頭を下げる。
杏寿郎はきっと、寝る直前まで私から言い出すのを待っていたんだろう。
これ以上杏寿郎の手間を掛けさせる訳にはいかない。
「だから師範は休んで──」
「貰いに行くとは、何処に?」
「義勇さんの」
所に、という言葉は続けられなかった。
「きょ、じゅっ?」
その前に私の腕を掴んだ杏寿郎が、強い力で引っ張ったから。
くるりと背を向けて廊下の先を歩き出す杏寿郎に、引き摺られるように慌てて草履を脱いで後を追う。
「杏寿郎、待って…ッ」
強い足取りで進む杏寿郎は、私の声に一切の反応を見せない。
荒い動作じゃないけれど、玄弥くんの鬼化修行に付き合おうとして見つかった時と同じだ。
腕を掴む手は強く、簡単には振り解けなさそうだった。
本気で抗えば、きっと振り解ける。
でも杏寿郎の見慣れない姿に、そんなことはできなかった。