第11章 鬼さん、こちら。✔
やっぱり最近感じていた空腹は気の所為じゃなかったんだ。
ずっと見て見ぬフリをしてきたけど、これは無視できない。
だって。
「偶にはこういう月夜の散歩も良いものだな。出会ったばかりの頃は、こうして出歩いては沢山話したものだった」
思い出すように語る杏寿郎の横顔を、月明かりが照らす。
隣に立つ体から伝わってくる。
普通なら感じ取れないはずの体温や、鼓動や、色。
息衝いている生き物の存在を、私に語りかけてくる。
「……」
それを、喰らえと云うかのように。
最後に血を飲んだのはいつだったっけ…確か一週間くらい前に、義勇さんの血を貰った時だ。
まだ吸血行為では義勇さんの血しか飲んだことがない。
だから杏寿郎やおっかな柱の血を貰うのは気が引ける。
どんなに少量でも口にすると、鬼としての顔が出てしまうから。
もっとこれが欲しい。
もっと飲み干したい。
血を求める欲が渦巻いて、肉まで喰らおうとするのを止めるだけで精一杯だ。
義勇さんの声は不思議と頭に届くから…だからまだ自制ができる。
でもおっかな柱の血の味を知った時は、その声なんて届かなかった。
正しくは違う。
ぼんやりと霞がかったような音として届いていたけど、なんて言っているのかはわからなかった。
ただその体から発せられる殺気はわかったから、本能として牙を剥いた。
その結果、義勇さんに物理的に止められないとおっかな柱を傷付ける形になっていた。
…此処に義勇さんはいない。
もし杏寿郎の声も届かなかったら…そう思うと、怖い。
「蛍?」
「え?」
呼ばれた声は隣からじゃない。
はたと足を止めれば、杏寿郎の声は前方から。
足を止め振り返った杏寿郎が、不思議そうに呼びかけていた。
ちゃんと隣を歩いていたつもりなのに、足取りが遅くなってしまってたんだ。
「やはり重いか?」
「全然! 大丈夫っ」
急いで小走りに隣に並ぶ。
いけない。
飢餓症状が出ていることは悟られないようにしないと。
笑顔で頸を横に振れば、じっとこっちを見てくる強い瞳。
内心気が気じゃなかったけど、やがてその目は静かに伏せられた。
「──そうか」