第11章 鬼さん、こちら。✔
「杏寿郎はお兄さんでしょ? 弟くんのこともだけど、凄く面倒見が良さそうだよね」
乾いた髪が、ふわふわと杏寿郎の肩に揺れて落ちる。
「私のことも、こうして継子にまでしてくれて」
頭に被せていた、たおるを退ける。
もう十分乾いたかな。
「ありがとう」
まだその額を隠してはいるけれど、寝て起きればいつもの元気に跳ねる髪に戻っているんだろう。
笑顔でお礼を言えば、間髪入れずくる相槌はなかった。
じっと目をこちらに向けたまま…何?
「確かに俺は嫡男だ。炎柱として人々や家族を、煉獄家としての家系も守らねばと思っている。だが蛍を継子にしたのは、そんな責任感からじゃない」
大きな手が、私の頬に垂れている髪先に触れる。
「俺が君を、誰よりも傍で見ていたかった」
太い異性の指なのに、毛先を掬い撫でるような仕草は丁寧で。
「それだけだ」
すっとその体温を感じる間もなく離れる指。
さり気なく身を退く様は、いつものしつこいくらいの面倒見の良さを思わせない。
着ているものも見慣れた隊服じゃないからか、なんだか杏寿郎が杏寿郎に見えなくて。
「食事の用意、ご苦労様。蛍もゆっくり湯浴みで疲れを取ってくれ」
持っていたたおるを取って、草履を脱いで廊下へと上がる。
ふと思い出したように顔だけ振り返ると、最後に優しい笑みを見せた。
「髪、ありがとう。また機会があったら頼みたい」
いつもの元気な笑顔でも、年相応のくしゃり笑顔でもない。
だけど目が離せなくなる。
「おやすみ、蛍」
「…おやすみなさい」
薄らと台所の小窓を照らす白んだ光。
いつも夜にしか会わなかった杏寿郎の金色の髪を、朝日がやんわりと照らし出す。
きっと直接陽に当たれば、きらきら輝く綺麗な髪なんだろう。
その長い髪をふわりと遊ばせ去る杏寿郎の姿を、動かず見送る。
動かずというより、動けなくて。
お風呂に入っていないのになんだか顔が熱い。
額にぺたりと片手を当てて、堪らず項垂れた。
「…煩いな…」
心臓が。
以前とは劇的に変わった環境。
鬼としての状況は好転したけれど、別の意味で落ち着かなくなった。
これが今の私の、主な一日。