第11章 鬼さん、こちら。✔
「…そんなに急がなくていいよ。それより、」
「?」
手招きをすれば、草履を吐いて大人しく台所に下りてくる。
その肩にかけられている手拭い…じゃなかった、たおる、に手を伸ばす。
ふかふかの繊維はあっという間に水分を吸い取るみたいだけど、急いできた杏寿郎の髪からはまだ水滴が滴っている。
濡れた重力に従うように、いつも元気に跳ねてる髪の毛が大人しく下がっている。
あの額を大っぴらに見せてる重力に逆らった前髪も、今はぺたりと肌に張り付くくらいで。
「髪、ちゃんと乾かさないと。風邪引く」
ふわりとたおるを頭にかければ、きょとんと瞬いた目が私を見下ろしてくる。
う…今その顔でこっち見ないで。
前髪を下ろしただけでこうも印象が変わる人なんて初めてかもしれない。
キリッとした太い眉毛が見えないだけで、透き通るような金色の髪から強い瞳が垣間見えるだけで…なんか、こう…水も滴って…こう……色気が、すごい。
美丈夫な義勇さんや三人の奥さん持ちの天元ならわかるけど、まさか杏寿郎にこんな顔があったなんて。
直視できなくて、顔を逸らしながら呼びかける。
「なら蛍が乾かしてくれないか?」
「へ?」
うわ間抜けな声が出た。
って、今なんて?
「弟子は師の身の回りの世話をするものだと、前に言っていただろう?」
言ったかなそんなこと…あ言ったわ。
昼食料理権貰う為に。
思わず目を向ければ、濡れた髪の隙間から金輪の光る朱い瞳を細めて笑う杏じゅ…だから色気が。
「頼む」
頭を下げてくる杏寿郎に、そんなこと言った手前、嫌とか無理とか言えなくて。
仕方なく頭にかけた、たおるに手を伸ばした。
「ぃ…痛かったら言ってね。その、爪、とか」
「蛍が俺に触れる時は、痛かったことなんて一度もないぞ。配慮してくれているだろう?」
やっぱり柱だ。
見透かされてるなぁ…。
後ろで括れるくらい長い髪だから、水分を取る為にしっかりと拭く。
姉さんの身の回りの世話をし慣れててよかった…じゃなきゃ変に緊張して上手くできなかった、かも。
だって杏寿郎の声がさっきの訓練時と一変して、穏やかで優しいから。