第11章 鬼さん、こちら。✔
「っ!? ぅ…!」
熱風に吹き飛ばされた体が、床を跳ねるようにして強打しながら打ち転がる。
どうにか壁に激突する前に、咄嗟に床に爪を立てて勢いを削り止めた。
「まだだ」
だけど杏寿郎の影を放してしまった。
はっとして見上げた視界に映ったのは、竹刀を構えた炎柱。
「息の根を止めるまで気を抜くことなかれ」
竹刀を円状に振る杏寿郎から、巨大な炎の渦が見える。
まずい。
咄嗟に床を蹴り、後方へと逃げた。
「逃さん!」
だけど竹刀の切っ先は、既に私の頸を捉えて離さなかった。
「ケホ…っいた、た」
「頸は平気か?」
「…なんとか」
青痣のできた頸を掌で擦っていれば、竹刀を下ろした杏寿郎が片手を差し出してくる。
中心を突かれるのはなんとか阻止できたけど、炎の技が頸を掠った。
それだけでこの大きな青痣だ。
結果は勿論杏寿郎の勝ち。
あれなんだっけ…肆ノ型って…確か…
「"盛炎(せいえん)のうねり"…?」
「うむ! よく憶えていたな!」
炎の呼吸の技は、どれもが業火のように派手で熱くて大きな技だ。
一度見たら忘れないよ。
「俺の勝ちだな」
「杏寿郎は刃の分の攻撃範囲が、素手の私より大きいんだから。狡いよ」
これは単なる負け惜しみだ。
でもまた負けた。
最後の突きも回避しようとした私の足より、杏寿郎の刀の方が距離を掴めた。
だから逃げ切れなかった。
今まで何度も手合わせをしてきたけど、杏寿郎には一度もまともに勝ったことがない。
昔よくした組手で、蜜璃ちゃんと協同で挑んで偶然勝ち星を取れたくらいだ。
…あ、それと柱会での腕相撲もかな。
私も鬼だから、体力も力も良い勝負してると思うんだけどなぁ…でもまた負けた。
差し出された手を握って体を起こしながら、堪らず負け惜しみの文句を言う。
可愛い継子の為に、一度くらい勝ちを譲ってくれたって…
「それを言うなら蛍の影鬼もそうだろう。俺より把握範囲は限りなく広いぞ」
"影鬼(かげおに)"は、杏寿郎が呼び易いからと勝手に付けた私の異能の名だ。
それ、思いっきり子供の頃遊んだ影踏み鬼を思い出すんだけど…まぁ、名前なんて考える気もなかったからいいけど。