第11章 鬼さん、こちら。✔
夕飯の後は訓練の時間。
広い道場の中央で距離を置いて対峙する。
竹刀を両手で握ると、静かに杏寿郎は中段の構えを取った。
「いつでもいいぞ。蛍の呼吸で来い」
異能の開花訓練は今までの訓練と違う。
杏寿郎も異能は未知数だから、丁寧に教えてくれたりしない。
ただひたすらに、純粋に、戦闘だけを交える。
それだけなら天元との体術稽古や、おっかな柱に追われてた時と同じだ。
だけど決定的に違うのは、対峙する杏寿郎は竹刀を握り炎の呼吸を使ってくること。
ぴりぴりと張り詰める空気。
息が詰まる程の圧に緊張が走る。
──集中しないと
いくら真剣じゃなくても、炎の呼吸を扱えば竹刀であっても技を繰り出すことはできる。
それだけ杏寿郎の洗練された炎の呼吸は、密度も威力も高い。
すぅ、と深呼吸をひとつ。
全集中を己の中に高めていけば、足元の自分の影が──ゆらりと揺れた。
合図は何もしなかった。
足の指先に力を込めて、最小限の動きで床を蹴り上げる。
一、ニ歩で届く距離。
下手な小回りはせず真正面から、己の爪で杏寿郎に切り掛かった。
躊躇はしない。
したら私が斬られるから。
右に左に、私の爪を紙一重で最小限に頭を逸らしてかわす。
杏寿郎のその足を掬う為に身を低く、足払いをかけた。
避ける為に体が宙へと跳ぶ、それが狙いだ。
空中なら逃げ場がない。
私の足元から蛇のように伸びた影が、巨大な掌を成して杏寿郎を掴みにかかる。
呼吸法のように幻覚を見せているんじゃなくて、実際に"そう"。
でも私の影が狙ったのは杏寿郎本体じゃなく──その影。
私の影は、対影に有効に働く。
鬼の手のように巨大化したそれが杏寿郎の足場の影を鷲掴む。
「む…!」
ぎしりと宙で固まる杏寿郎の体。
足場の影を押さえてしまえばこっちのものだ。
「一本取った…!」
逃げ道を失くした杏寿郎に、下から顎目掛けて突きを入れる。
入れば脳震盪可能な一打!
「──ふ」
なのに杏寿郎の口元が弧を描いて、笑った。
違う、笑みじゃなくあれは呼吸の──
「〝肆ノ型〟」
杏寿郎が口にしたのは型の名だけだった。
接近していた杏寿郎の髪と羽織がふわりと揺らぐ。
ゴウッ!
瞬間、強烈な熱風に煽られた。