第11章 鬼さん、こちら。✔
「しかし朝も昼も作っているというのに、夕餉まで作らなくていいんだぞ」
「私が作らなかったら、杏寿郎握り飯ばっかり食べるでしょ」
「む…」
お玉を片手に言えば「返す言葉がない」と決まりが悪そうに返された。
この屋敷で暮らすようになって早二週間。
私の生活はようやく形になってきた。
その中で欠かせないものの一つが毎日の料理だ。
私は不要だけど、人は毎日摂取しなければならないもの。
だけど杏寿郎は正に男の手料理というか、簡単で栄養が偏ったものばかり作る。
だから思い切って家事の提案をしてみれば、すんなりと台所の使用許可を貰えた。
「それに私は杏寿郎の継子だし。弟子がご飯を作るのは普通でしょ?」
「そういうものか? 確かに甘露寺も台所に立つことは多々あったが…」
「ね」
「しかしよく作ってくれたのは甘味類だな」
あ、蜜璃ちゃんっぽい。
「甘露寺は俺以上の胃袋の持ち主だから、握り飯は腹が膨らみ易いとよく作っていたぞ」
あ、それも蜜璃ちゃんっぽい。
「それはそれ。これはこれ。握り飯も美味しいけど、今日は魚のあんかけです」
「そうか。それは楽しみだ! して、俺にできることはあるだろうか?」
「うん。お味噌汁の葱を切ってくれる?」
「了解した!」
指示すれば、いつもの張りのある声で袖を捲り台所のある土間に下りてくる。
慣れた様子からして、ずっと今まで一人でこうしてやってたんだろうな…蜜璃ちゃん以外に継子はいないって言ってたし。
師範と弟子の関係だけど、こういう時間はそんなものを感じさせない。
そんな間柄が割と心地良い。
「この匂いは…っもしやさつまいもの味噌汁か!?」
「うん。杏寿郎好きでしょ? さつまいも」
「ああ好きだ!」
嬉々として応える杏寿郎のはっきりとした意思表示に、ドキリと心臓が跳ねた。
ま、待て待て自分。
杏寿郎はさつまいもが好きって言っただけだから。
変に反応するな。
「どうした? 蛍」
「な…んでもない。はいお椀っ」
「うむ!」
覗き込もうとする杏寿郎の顔が近付く前に、さっと取り出したお椀を手渡す。
あ、危ない。
今至近距離に来られたら心臓が保たないから。
…全く。
それもこれも全て杏寿郎の所為だ。