第11章 鬼さん、こちら。✔
夜。
体が自然と浮上するように目覚める。
起床の仕方は同じだけど、以前と違うことが二つ。
一つは、その時間帯。
前はとっぷりと日の暮れた時間帯に起きていたけれど、最近は早くなった。
夕日が沈み月が顔を出す。
夜と取れる時間帯となると同時に、目が覚める。
ゆっくりと目を開いて、最初に見えるのは冷たい岩の天井じゃない。
それが二つめの変化。
木製で出来た部屋の天井に、畳の匂いが香る空間。
体を起こせば、ふかふかの布団は冷たさを感じなかった。
此処はもうあの冷たく狭い藤の檻の中じゃない。
炎柱の名を持つ、煉獄屋敷。
見下ろした自分の掌は、いつものように鋭い爪を持った鬼の手。
以前はその手を見る度に落ちていた心が、最近は少しだけ減った気がする。
理由は…きっと。
「よし」
ぱんと頬を軽く両手で打って、身を起こす。
あれこれ考えるのは行動しながらにしよう。
じゃないと丸一日働いていたこの屋敷の主が、お腹を空かせてしまう。
「──ん。いい塩梅」
お玉で掬った、とろりと蕩けるお出汁。
ちょこっと舌先で味見して、うんと頷く。
飲み込んだら吐いてしまう可能性もあるからすぐに水で口を濯ぐことも忘れずに。
面倒だけど、食べてもらう料理だから味見はしておかないと。
着慣れた袴に着替えて顔を洗って髪を結って、最初に私が向かう場所が此処。
私の家より遥かに広い炎柱邸の台所。
自由に使える許可を貰った冷蔵庫を覗けば、白身魚があったから野菜あんかけにした。
ご飯も炊けそうだし、お味噌汁もできた。
あとは蕗のおひたしと…あ、作り置きしていた菜の花の胡麻和えも残ってる。
これも出そうかな。
「良い匂いだ!」
しゅんしゅんと熱い湯気の吹き出す竈のお米を見ていたら、廊下側の入口から明るい声が届く。
振り返れば、いつもの見慣れた隊服姿の杏寿郎が立っていた。
「おはよう、蛍!」
「おはよう」
外は月の昇る夜。
だけど「おはよう」と「おやすみ」は、いつも時間帯に関係なく交わされる挨拶だ。