第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
鬼でありながら彩千代蛍という個として受け入れ、見てくれた彼だからこそ。
その行為に落胆されたらどうしようかと嫌な汗も掻いた。
杏寿郎はそんな蛍の吸血行為を否定しなかった。
寧ろ自らの血を提供すると率先して受け止めてくれたことに、蛍は心底安堵したのだ。
「そのことについては確かに、驚きはした。冨岡は無理矢理飲ませたと言っていたが…そうなのか?」
「まぁ…うん」
接吻にも似た行為であることを説明するのは躊躇する。
羞恥により強い杏寿郎の目から視線を逸しながら、蛍は手持ち無沙汰に両手の指を握り合わせた。
「でも途中からそれしか見えなくなって、血を啜ったのは私からだから…義勇さんは何も悪くない」
「……」
「き、気持ち悪いよね、やっぱり。だから胡蝶にも頼んで、飲む時はなるべく周りに見えない所で隠れて」
「いや。気持ち悪いとは思っていない」
いつも他人の言葉を止める程に強い声を発する杏寿郎だからこそ、彼の無言は別の意味で力がある。
気味悪がられただろうかと早口に弁解する蛍に、やんわりと杏寿郎は頸を横に振った。
「血の提供を申し出たのも俺自身の希望だ。そこに嫌悪の気持ちはない。無論、義務や使命も」
「…ほんと、に?」
恐る恐る上がる視線が、杏寿郎のそれと重なる。
「俺は鬼である蛍しか知らない。今更血を口にしようとも君は君だ。何も可笑しく思うことはない」
静かだが迷いなき杏寿郎の言葉に、蛍の肩が僅かに下がる。
「…そっか…」
ほっと無意識に息をついて、眉尻を下げて蛍は頬を緩ませた。
「義勇さんと、同じだ」
「同じ?」
「うん。義勇さんも同じことを言ってくれた。特別じゃなくていい。私のままでいいって」
「……」
「杏寿郎には大層な言葉じゃないかもしれないけど、私には凄く大きなものなの。私が踏み出せているのは、そんな杏寿郎達が傍にいてくれるからだよ」
だから、と告げて。
「ありがとう」
今一度感謝を伝える蛍の目元が、優しく緩む。