第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「折角明るい未来へと大きく前進したんだ! つまらぬことで小競り合うのはよそう!」
「き、杏寿郎…」
「というか声でけぇよ」
「此処はお館様の敷地内だし…夜中だし。静かにした方がいいんじゃないかな…」
「む。」
何気なくぼやく無一郎の言葉に、胸を張った姿勢のまま杏寿郎の口が閉じる。
当主の名を出されれば気まずくなるのは義勇や実弥も同じだったようだ。
殺伐としていた空気が止んで、蛍はほっと胸を撫で下ろした。
「皆それぞれ言い分はあるだろうが、お館様が今宵はまとめて下さった。その思いを汲むとしよう」
静かに両手を合唱して告げる、落ち着いてはいるが重みのある行冥の言葉に誰も異論はしなかった。
その場で解散となる柱達の背中を見ながら、義勇と実弥にこれからの不安はまだ残る。
(というか大丈夫かな…あの二人が傍にいると常に空気が荒れそう…)
一方的に実弥からの発端なことも多いが、義勇も誤解を招くようなことを口にするものだから余計に拗れるのだ。
蛍を繋いで接点の多くなるであろう存在は、ただし後もう一人。
「蛍少女。もう体調も回復したようだし、そろそろ胡蝶の下を退院すると聞いた。その後は我が屋敷で預かることとなる。君の部屋を作っておかねばな」
「…杏寿郎」
「ん?」
去る柱達の背中を見送りながら、隣に立つ杏寿郎を見上げる。
偶に先程のように空回りすることもあるが、基本は柱間では善意で立ち回ることが多い。
そんな強い色と存在感を持つ杏寿郎も、今後は蛍の師として傍に身を置く者だ。
彼の隣は、不思議と安堵する。
(杏寿郎がいれば心強いかなぁ…)
「どうした?」
「ううん、そうだった。あの、これからお世話になります。…師範、」
改めて向き直り、頭を下げる。
師範と呼ぶのは些か照れ臭さがあったが、そう称して常に支えてくれた彼の存在があったからこそ明るい未来は実現したように思う。
「うむ。正式に継子となった君をいつまでも"少女"と扱う訳にもいくまい。…これからよろしく頼む、蛍」
初めて呼ばれた名に、ひとつ鼓動が跳ねる。
「なんか照れるね。もう杏寿郎って呼び捨てにしない方がいいかな…」
「いや。前と変わらず今のままでいい」