第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
そんな中ふと目が向いたのは、威勢のいい声をすっかり潜めている杏寿郎。
義勇の血を飲んだことに嫌悪感でも抱かれるかと思っていたが、そうはならなかった。
それは他の柱達も同様だ。
体の力が抜けると共に、握っていた拳の中の汗も退いていく。
(あとは──)
盗み見るようにそっと目で追ったのは、蝶のように可憐な後ろ姿を見せる彼女だった。
「胡蝶」
概の話を終えて、ようやく解散となった。
鬼である蛍のことを考えて行われた為に、話し合いは夜。
すっかり深夜となった時間帯に、柱達もそれぞれの屋敷の帰路へ着く。
その可憐な背中を追って蛍が声をかけたのは、月明かりに照らされた産屋敷邸の中庭。
「はい?」
振り返ったしのぶが足を止める。
何度も診察で言葉を交わすことはあったが、義勇とあの夜話した蛍承認の理由はついぞ訊けないままだった。
「あの…ありがとう。色々弁護してくれて…」
「…私は私の立場でものを言わせて貰っただけです。別に弁護なんかじゃありませんよ」
「でも、胡蝶のお陰で進んだ話もあるから。やっぱり、ありがとう」
「そのお礼は冨岡さんに言ったらどうですか? 珍しく饒舌に話していましたし」
「うん、それは勿論。…でも胡蝶にも言いたくて」
感謝を伝えても、それくらいのことでしのぶの表情が変わるはずもない。
いつもの素っ気ない物言いは、蛍の前での通常運転。
それでも、蛍から見て以前のしのぶと大きく違うことが一つあった。
「彩千代って、呼んでくれるようになった、から」
ただの名称のように姓名で呼んでいた時とは違う。
蛍を一人の個として見て接している。
その些細だが蛍にとっては大きな違いが素直に嬉しかった。
「別にそれくらい…大袈裟ですね」
「大袈裟、かな。あはは…」
苦笑混じりに頭を掻きながら、それでも蛍は改めて自分に頷く。
今此処にいられるのは、しのぶが認めてくれた結果なのだ。
だからこそ。
「あの、ね。胡蝶──」
「っ、待って」
「え?」
思い切って踏み出そうとした。
その足を止めたのは拒否にも似た言葉。
「それ以上、近付かないで下さい」