第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
羽織と隊服の袖を捲り、腕を突き出し見せる義勇に皆の目が集中する。
そこには、刀傷の上から鋭い牙で噛み付かれたような跡があった。
しかし既に瘡蓋が傷を覆い、完治へと向かっている。
「元は自分で体に傷を付けました。その上から彩千代が噛んだ跡です。しかし肉は齧り取られていない。鬼としての欲を彩千代は最小限に留め、俺を傷付けたことに強い後悔を覚えていました」
「故に危険性はないと?」
「俺の血であれば。彩千代は声を聞ける」
「へェ…つまりテメェの言葉なら従順になるってかァ? 俺には鬼の形相を向けてたコイツが」
「そうだ」
納得いかない顔で物申す実弥に、はっきりと言い切る義勇はいつもの無表情。
途端にピキリと青筋を浮かべる実弥の荒立つ気配に、慌てて蛍は顔を上げた。
「血は…ッ直接じゃなくても、前もって取っておいたもので大丈夫、だから…」
「だから飲ませろってかァ? あ?」
「っ…それは…」
「…お言葉を挟みますが、彩千代さんは今回の火事で死にかけました。冨岡さんの言う通り、吸血によって完治に至ったのは真実です」
尻込みする蛍に、すっと片手を挙げてしのぶが意見を挟む。
常に蛍の体の治療に応っていたしのぶの意見ならば重みも変わってくる為、舌打ち混じりにも実弥は口を閉じた。
「彩千代さんと禰豆子さんの体をそれぞれ診させて頂きましたが、その違いはわかりませんでした。ただし確実に二人の体内の機能性は違う。彩千代さんは禰豆子さんのように睡眠を糧として生きられません」
「ふむ…確かに、蛍と禰豆子は人語を話す有無からして違うね。蛍は目に見えてはっきりと意思疎通ができる分、口枷の必要性も減ってくると私は思う。…成程」
考え込むように耀哉の手が口元を包む。
暫く静寂が室内を包んだ。
皆が当主の答えを待つ中、蛍の視線は再び畳に落ちる。
膝に乗せた拳の中で、嫌な汗がじわりと浮かぶ。