第4章 柱《壱》
鼻を突いたのは、狭い檻の中に広がる血の匂い。
杏寿郎の思わぬ行動ですっかり頭から飛んでいたけど…そうだ。
目の前には大量の新血が滴っている。
床にも、服にも、私の手にも。
「っ…」
くらりと、頭が揺れた。
自分の血肉を口に入れて、一度は落ち着いた食への欲。
でも同時に自分の体を傷付けたから、足りない血肉を補おうと体が欲する。
じわじわと鼻孔を擽る誘うような酔の匂いに、上手く四肢が機能しない。
「彩千代少女? どうした?」
私の異変をすぐ察知した杏寿郎が、顔を伺ってくる。
でもその杏寿郎本人から、強い血の匂いを発しているんだ。
近付いたら、駄目。
「なんでも、ない」
「なんでもないようには……まさか血に中(あ)てられたのか?」
「っ此処から、出て…って、」
杏寿郎に牙は向けたくない。
それだけは絶対に嫌だ。
後退りして檻の奥へと身を潜めながら、どうにか意思を伝える。
早く、此処から出て。
私の手の届かない所へ行って。
そうすれば傷付けることはない。
「……」
じっと返事もなく事を見守っていた杏寿郎が、不意に動いた。
でもその足が向かったのは檻の外ではなく、何故か私の下。
「俺の血は稀血ではない。君の目は欲望に染まっていない。自傷せずとも、まだ耐えられるはずだ」
「何を、言って」
「耐えろ、彩千代蛍。己が意志を貫け」
「傍に来ない、で…っ」
「それは聞けない。君が耐えるんだ」
何を無茶なことを。
そんな簡単に出来ていたら、こんなに苦しんでいない。
「っふ…ふ、」
口内の唾液が増す。
真っ赤な血が彩る杏寿郎の腕に目が釘付けで、逸らせない。
「違う。視るのは"ここ"だ」
「っ!」
大きな手に顔を挟み込まれる。
額が触れ合う程に近付いた杏寿郎の顔で、視界は埋め尽くされた。
「俺を視ろ。俺の声を聴け。他は気にしなくていい」
「む、くっ」
そう告げたかと思えば、片手で口を塞がれた。
強いその手で口と顎を掴まれると、振り払おうにもびくともしない。
息が、詰まる。