第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「血を与えたこともそうだ。俺は誰が悪いとも思ってない。だからもう謝るなよ」
「…ムク…」
こくりと頷く蛍の口元から、義勇の手が離れる。
「じゃあ、あの…離れて、下さい…」
「ああ、血の臭いか」
「いやそうじゃなくて(近いから)」
「? 血の臭いじゃないのか」
「うん、まぁ、うん。それくらいなら大丈夫(だから近いから)」
間近で話す義勇の口元から辿る血の匂いは、蛍の鼻をくすぐる。
しかしそれ以上に気になるのが、目の前の半裸の美丈夫だ。
そういえば、と先程の血を与えられた行為も思い出せば顔が熱くなる。
血を分け与える為と言っても、親鳥が雛に与える口移しとはまた違う。
血と体液とを交えた舌使いに翻弄され、与えられるがままに高揚した。
「(思い出せば凄く恥ずかしいことしたんじゃ…)き、今日のはその…とりあえず無かったことで…っ」
「なんの話だ」
「突っ込まなくていいからっとにかく、義勇さんを汚したつもりはないのでッ」
「だからなんの話だ」
「あんなの数にも入りませんからごめんなさい!」
「だから謝るなと何度言ったら──…!」
「わプッ!」
ぺこぺこと頭を下げる蛍に圧されつつ、聞き捨てならない言葉に義勇の手が肩を掴む。
途端にビクリと跳ねた蛍の体が傾き、そのまま背中から寝台へと勢いよく沈んだ。
「…っ…」
つられて前のめりに傾く体を、義勇は咄嗟に両手を突き出して衝突から守った。
そのまま手に力を入れて伏せていた上半身を起こせば、目の前に見えたのは柔からな線。
はだけた羽織の間から覗く、白い肌。
柔い曲線を描く腰のくびれに、火傷の跡一つない腿。
ゆっくりと視線を上げていけば、なだらかな丘を作る二つの膨らみが僅かに垣間見える。
「…ぎ…ぎ、ゆさ…」
掠れた小さな声。
その声の持ち主は薄暗い灯りでもわかる程に顔を朱に染め、驚きに満ちた目が逃げるように逸れる。
何故かごくりと喉が嚥下した。
逸れる目線の先が気になった。
触れたら戻れなくなりそうな肌の感触が、知りたくなった。
蛍を半ば組み敷いた体制のまま、義勇の思考が停止する。