第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「今更傷一つ増えるくらい、どうともない」
「義勇さんはよくても、私が嫌なの」
「…嫌か」
「うん」
「なら次からは彩千代が噛むことだ」
「うん…は?」
「噛み傷なら刀傷より軽い。その心配はなくなるだろ」
「いや…いやいや。いやいやいやいや」
「?」
「いやいやキョトンとしないで。言ってる意味わからないのこっちだから。何言ってるのかな?」
「言葉の通りだ。次に血を分ける時はお前から噛」
「いや待ってなんで"次"? またやるつもりなの? また血を流すつもり?」
「当然だろう。それ以外に現時点で、彩千代が飢餓を抑えられる方法があるのか」
「それは今まで通り自分の体を…」
「駄目だ」
「な、なんで?」
「その結果、お前の体は弱体化した。今回は辛うじて命を繋ぎ止めていたが、また大きな怪我を負ったら今度こそ死ぬぞ」
「そ…そうならないよう気を付け、るよ」
「気を付けても怪我を負う時は負う。お前は鬼だ」
「っ…でも、だからって…義勇さんを傷付けるなんて…」
「俺が望んでやってることだと何度言ったらわかる」
段々と義勇に圧される蛍の声が尻込みする。
追い打ちをかけるように手首を掴んだまま、義勇は責めの手を緩めなかった。
「鬼としての自分に抵抗がある彩千代が、血を飲むことに抵抗があることもわかる。しかしそれ以外に方法がないなら、お前が俺の立場だったらどうする」
「……」
「俺はお前にこんな形で死んで欲しくない。それなら毎日体内で作られるものを分け与えるくらい、どうともない」
「…な、んで…そんなに…」
か細く途切れる蛍の声が、何を問わんとしているのか皆まで訊かずとも理解できた。
「この二年間、傍で彩千代を見てきた。お前が歩もうとしている道も、その覚悟も知っている。確かにお前は禰豆子とは違う。だがお前にはお前にしかないものがある」
禰豆子のように、無邪気な子供のような生き方はできない。
何度も足を止め、今己が踏み締めている場所を見下ろし、時には座り込んで、それでも最後には自分で立ち上がる。
迷い葛藤し傷付けそれでも足掻く様は、自分達人間と変わらない。
義勇の目には、そう見えた。
「特別じゃなくてもいい。今のお前のままで、いいんだ」