第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
口周りの血を拭おうとするが、両手にも頬にも真っ赤な鮮血はこびり付いている。
擦れば余計に広がり、赤い斑を増やしていく。
『お前の牙は斑だ』
そんなことを以前義勇に告げられた。
今もその目に映る牙は斑に映っているのだろうか。
それとも取り返しのつかない程に赤く染まって見えるのだろうか。
「…っ」
自然と肌を擦る手に力が入る。
鋭い爪が皮膚を掠り傷を付けた。
「やめろ」
「!」
急に手首を掴まれた。
見れば、止血を終えた義勇が目の前に立っている。
「そんなに力を入れたら逆に傷付けるだけだ」
「ぎゆ…う、さんッ?」
「なんだ」
「は…っ肌!」
はっと息を呑んだのは一瞬。
途端に目に飛び込んできた肉体に、蛍はぎょっと目を剥いた。
「上! 何か着て下さいッ」
其処に立っていた義勇の上半身は、何も身に付けていない。
包帯を巻いた腕で、脱いだ隊服を律儀に小脇に抱えている。
「服にも血が付いた。着ていれば彩千代の刺激になる」
「いや、あの、大丈夫だから…っ(そっちの方が刺激強い!)」
細身だとばかり思っていた義勇は、しっかりと筋肉の付いた体をしていた。
天元のような厚手の筋肉は持っていないが、程よく引き締まった体に無駄な脂肪はない。
腰にかけて下る肌の曲線美がいやに目に付いて、蛍は堪らず顔を背けた。
「? わかったから落ち着け。お前の方が血だらけなんだ。脱げ」
「はぇ?」
脳内パニックな上に驚くことを告げられ、思わず素っ頓狂な返ししかできない。
ぽかんと呆ける蛍の前で、ばさりと広げた羽織を義勇が肩にかける。
自分の肩に、ではなく、蛍の肩に。
「これならほとんど血は付いてない。寝間着の代えは置いてなかった。代替えにしろ」
「え、いや…(あれ、なんかこれ身に覚えが…)」
それは炎柱邸で怪談話をした夜のこと。
寝間着を己の血で染めてしまった蛍に、代えとして義勇が差し出したのがこの半柄羽織だった。
「呆けてないで早く脱げ。でないなら俺が剥くぞ」
「っ脱ぎます!」
あの時と変わらない催促に、思わず反射で背が伸びる。
やはりこれは二度目のものだ。