第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
温かい掌が寝間着越しに伝わる感触に、不思議と安堵感を覚える。
しかし今は、義勇から伝わる強い血の匂いが邪魔をする。
蛍の頭をくらくらと揺らし、欲を擡げよと誘ってくる。
「…っ…」
「…彩千代?」
ぐっと両手で義勇の胸を押し返す。
自ら身を離して歯を食い縛り、やがて蛍は血に染まった唇をゆっくりと開いた。
「止血して、きて…私は、もう大丈夫、だから」
「……」
「傍にいたら、また…見境いなくなるかも、しれない、から…」
「…それはない」
胸を押し返す手に、そっと義勇のそれが触れる。
「現に俺の声を聞いて、血肉への欲を止めることができた。お前はそれができる。そこが他の鬼と絶対的に違うところだ」
「っ今回だけ、だったら? 偶々聞こえただけだったら? 絶対なんて確証は、ないよ」
「だったら俺が証明する。お前が我を忘れたら何度でも呼ぶ。…だから今は強がるな」
「強がってなんか…」
「お前の周りを囲っている壁は全てそうだ。そうしないと立っていられない状況も、わかっている」
真っ赤な血に口と手と顔を染めて。
血肉への欲に負けそうになる心を奮い立たせて。
それでも他者を優先できるのは、彼女の強い心が成し得ていること。
しかし今はそんな蛍の姿が今は見過ごせなかった。
傍にいても鬼である蛍には、邪魔な存在かもしれない。
それでも放っておけなかった。
「ただ今は、独りにさせられない」
今置き去りにすれば、恐らく血肉を喰んでしまった後悔と懺悔に蝕まれるだろう。
そんな蛍を放ってはおけないと思った。
「俺が与えた結果だ。最後まで責任を取る」
「大丈、夫だよ…飢餓は、とりあえず落ち着いたから…誰かを襲いに行ったりなんて、しない」
「そういう心配じゃない」
握った手を引き寄せる。
じっと暗闇に映える赤い血のような目を見据えて、その手を放すまいとした。
「彩千代が心配なんだ。放っておけない」