第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
きりきりと細く縦に割れていた瞳孔が、僅かに丸くなる。
ぱちりと一度瞬いた目が、義勇を凝視した。
「聞こえるか。もう、いい」
「……」
「口を、離せ」
じっと義勇を凝視していた目が、目の前の血だらけの腕へと移る。
細い体がふるりと震えるのを、義勇は感じ取った。
「…ぁ…」
か細く溢れ落ちる声。
見開いた目が腕を凝視したまま、ふらりと傷口から口を離す。
溢れる血は止まらず、等しく真っ赤に染めた蛍の口からも鮮血が滴り落ちていく。
震える手が唇に触れる。
赤。
充満する強い血の匂いに、噎せ返る程の味が口の中から伝わってくる。
眼下に映る掌を、真っ赤に染めて。
「ぁ…わ…た、し」
色艶がよくなっていたはずの顔が、一気に青褪めた。
かたかたと小刻みに震える体に、息がか細くひゅくりと鳴る。
嫌な気配を感じ取った義勇の腕が、咄嗟に蛍へと伸びていた。
震える体を囲い抱きしめ、腕の中に閉じ込める。
「わた、し…っ」
「彩千代は悪くない」
「で、も…っぎゆ、さんの…っ」
「飲まなければ朽ち果てていた。生きる為にしたことだ」
しゃくり上げる声は今にも泣き出しそうで、後頭部を包むように蛍の顔を自らの胸に押し付けた。
「嫌なら見なくていい。目を瞑っていろ」
「っ…」
「ただしその口にあるものは全て飲み込め。お前の命を繋ぐものだ」
血に染まった手が半柄羽織を掴む。
目を閉じれば尚の事実感してしまいそうで、蛍は目を見開いたまま震える唇を噛み締めた。
ごくりと喉を嚥下する。
極度の嫌悪感と背徳感に襲われるのに、吐き気は催さない。
寧ろ極上の馳走を味わったかのような、腹の満たしを感じた。
そんな心と体のちぐはぐな感覚に、目眩がするようだ。
「っ…ごめ、なさ」
「謝るな。言っただろう、俺がけし掛けたことだ。彩千代は悪くない」
「…っ」
「俺自身が望んだことだ。怪我人に輸血するのと変わらない」
強い義勇の言葉は何一つ蛍を責めていなかった。
震える背中を擦る掌が、優しく何度も滑りゆく。
大きな掌だった。