第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
世間一般の鬼であれば、強い飢餓状態の中で見せられた血に目の色を変えるはず。
この時点で既に、蛍は他の鬼とは異なるものなのだ。
しかし今はその特異さが邪魔だった。
「飲め」
「んッ」
傷口を直接口に押し付ける。
それでも尚、蛍は頸を横に振り拒絶した。
固く結ばれた唇は開く気配がない。
仮に開いたとしても、特殊な稀血である実弥の血でさえも、口内に押し込まれて尚噛むことを拒絶した。
そんな蛍が簡単に血肉を求めるとは考え難い。
ならば、と。
「拒否するなら強行するぞ」
「っ!?」
突然鼻を摘まれ、呼吸の気道を止められた蛍は驚いた。
思わず見開いた目で見上げれば、溢れる血に染まった腕を己の口に寄せる義勇が見える。
(何、して)
まるで手本を見せるかのように、己の血を啜り飲み込む。
黒い切れ長の目だけが蛍を捉えていて、思わずごくりと喉が鳴った。
「っは…!」
呼吸に限界がくる。
鼻を摘まれ酸素を取り込めなくなった口が、それを求めて大きく開く。
その隙を義勇は見逃さなかった。
「んぅッ…!?」
がちりと顎を固定し掴んだまま、酸素を求める蛍の口を己の口で塞ぐ。
鼻を摘んでいた手は離れた。息はできる。
しかし目の前の急な出来事に、蛍は困惑し酸素を求めた。
口内に充満する濃い血の味。
義勇が飲み込んだと思っていた血は、その喉を通ってはいなかった。
口から直接流し込まれる血液に、驚いた蛍の喉をごくりと通る。
「ん、んん…ッ!」
震える体。
どくどくと脈打つ心臓。
意識を赤く染められるように混濁する中で、それでもどうにか顔を離そうとする蛍に、義勇はそれを許さなかった。
ぶちりと己の歯で強く舌を噛み切る。
流れ出す血を唾液と共に舌で押し込み、蛍の喉へと通していく。
「ん、ふく…ッふ…ッ」
一層大きく震える体に、蛍の見開いた目が徐々に赤みを増していく。
きりきりと眼孔は縦に鋭く割れ、犬歯が尚鋭く牙を剥く。
必死に抵抗していた足掻きが、弱まった。