第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
腕を掴まれ、皮膚の触れ合う火傷がじくじくと痛みを発する。
朦朧と意識を混濁させるような痛みだ。
「お腹は…ずっと、空いてる…喉も、乾いてる…でも、耐え切れない程じゃ、ない」
それは血肉を求め意識を混濁させた時と似ていた。
それでも、その時よりは理性を保っていられる。
だから己の体に牙を立てることはなかった。
自らを喰い漁ることで抑制しなければならない衝動ではない。
しかし義勇は、そのことに疑問が拭えなかった。
(鬼の飢餓症状は一般的には理性で抑え付けられるものじゃない。禰豆子が睡眠で回避できるのは、彩千代の言う通り特殊な鬼だからだ。だが彩千代は──)
義勇の知る中で蛍も確かに特異な鬼だ。
しかし飢餓症状は一般的な鬼のそれと同じ。
人の血肉に反応し、求め、牙を向けようとする。
だからこそ自分自身にその牙を向け食い込ませるのだ。
他者を傷付けないようにと。
それを成さずして飢餓を回避するなど、蛍に可能なのだろうか。
「……まさか」
目まぐるしく思考を回しても、これと言った突破口は見つからない。
ただ一つ結び付いたものがあった。
依然、消えていない飢餓。
依然、回復しない体。
「…だから…治らないのか」
至った結論に、義勇は漠然と呟いた。
己の血肉を喰らうことさえままならない程に、憔悴した体。
それでも体は血肉を求めている。
故に免疫力は低下し、再生力は向上しない。
喰らわずとも、蛍は蛍自身の体を内部から喰らっていたのだ。
細々と飢餓状態の中でも理性を保っていく為に、その命を削って。
「いつから気付いていた。体の変化に」
「……気付いたら。憶えてない」
「何故報告しなかった。気付いたなら」
「……」
「最悪体がそのまま朽ちることもある。その可能性は考えなかったのか」
「…考えて、ない訳じゃない…」
「尚更だ。何故言わない。何故隠す」
畳み掛けるように問う義勇に、蛍の視線は落ちたまま。
目を合わせようとしないのは、拒絶の意かと義勇の顔も険しく変わる。
「お前は、死ぬつもりだったのか」
声に厳しさが増した。