第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「だから同じじゃない。私とあの子は、違うもの」
そう告げて微かに笑う蛍の微笑みに、義勇の眉間に僅かに皺が寄る。
杏寿郎が言っていた、言葉と表情が一致していないものだ。
火事の一件以来、時折見せるようになった。
意味はわからずとも、その表情を見れば何故か胸の奥がざわついた。
耳障りな足音を聞いているかのような感覚だ。
「…禰豆子は、恐らく目覚めてからずっと飢餓状態に入っている」
「飢餓…? あれ、で?」
蛍の顔が驚きに満ちる。
幼い無邪気な子供のような振る舞いをしていたあの禰豆子が、飢餓状態でいたなどと。にわかには信じ難いものだ。
「禰豆子は眠ることで、その飢餓を抑え体力を回復させている。彩千代が己の血肉を喰らって飢餓を抑えているのと同じだ。方法は違えど、鬼としての本質は同じだ」
「……違うよ」
「違わない」
「違う。だって私は血を飲まないと、抑えられない。体力だって…もう……」
「もう、なんだ」
「……」
「何故回復しないのか知っているのか」
「…っ」
「知っているんだな」
目の前まで歩み寄る義勇の問い掛けに、蛍は唇を結んだ。
俯いて目を逸らして答えようとしない。
「答えろ」
「ぁっ」
それを義勇は許さなかった。
包帯の巻かれた細い腕を掴む。
引き千切るようにして解けば、見えるのは焼け爛れた赤黒い皮膚。
今し方焼かれたばかりのようなそれは生々しく血を滲ませていた。
「…噛み跡がない。最後に自分を喰らったのはいつだ」
そこには本来なら、いつも蛍が己の抑制の為に噛み付いた跡があった。
つぶさに観察しても火傷の跡以外に外傷は見当たらない。
「答えろ、彩千代」
「っ…火事の、前」
三日に一度は飢餓症状が表れるようになっていた蛍。
それは火事の後にも訪れたはずだ。
なのに蛍は、火事以来一度も己を喰らってないと言う。
「どうやって凌(しの)いだ…?」
義勇の目が疑惑に満ちる。
何故喰らわずに理性を保っていられるのか。
禰豆子のように睡眠を取り続けているからなのか。
「…凌いでなんか、ないよ」
小さな声で返された答えに、更に疑惑は深まる。