第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「守れなかった、って…」
「生きてね。──二人で」
疑問を問いにして炭治郎が呼び掛けるより一歩先に、蛍が微笑んだ。
眉尻を下げて、小さな小さな微笑みで。
(あれ…笑ってる、のに…なんだか凄く、哀しい匂いがする…?)
視覚よりも人並外れた嗅覚が先に伝えてくる。
その何か噛み合わない歯車のような蛍の表情に踏み込めずにいる炭治郎の横を、一歩踏み出した者がいた。
「──時間だ」
「ム?」
「ぁ…義勇さん」
「夜分遅くに連れ出して悪かった。ここから先は部屋で休め」
義勇の催促に、炭治郎はすぐに頸を縦には振れなかった。
禰豆子とは違う立場の、しかし同じ鬼という存在の蛍。彼女が気になって仕方がない。
それは禰豆子も同じらしく、炭治郎に抱き付いたままではいるが、蛍へと手を伸ばそうとしている。
「あの、俺は大丈夫なので。蛍ともう少し話が」
「彩千代は前回の火事で喉を焼いた。長時間話すことは胡蝶に禁止されている」
「そ、そうなんですかっ? そんなこととは知らずに俺…ッすみません!!」
「これくらいなら問題ない。彩千代と話したければ、また時間を設ける。それまで待て」
「わかりましたっ」
「ムゥ〜」
「駄目だぞ禰豆子。蛍は怪我してるんだ。休ませてあげないと…」
「…ム…」
見てわかる程に落ち込む禰豆子に、堪らず寝台の上で蛍が身を起こす。
「義勇さん、私は」
「安静だ」
「えっと、でも」
「胡蝶が怒るぞ」
「…ハイ」
淡々とした起伏のない口調だがきっぱりと言い切る義勇に、それ以上反論の余地は許されなかった。
「じゃあ、また来るから」
「うん…ありがとう」
名残惜しむ禰豆子の手を引いて、炭治郎が部屋を出ていく。
「ムム…」
「そんな顔するな、禰豆子。またすぐ会えるさ。怪我だってすぐに治る」
尚も進む足の遅い禰豆子を励ますように言い聞かせて、ふと炭治郎は自分の言葉に疑問を持った。
(そういえば、そうだよな)
鬼なのだから、回復速度は人間より遥かに早いはず。
火事が起きてから日にちは経っている。
しかし包帯塗れの蛍は未だに重傷に見えた。