第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「…禰豆子も。世界中を敵に回しても、ただのひとりになっても、貴女を守ってくれる人を忘れては駄目」
「…ムゥ…?」
ふっくらとした愛らしい少女特有の輪郭。
それを囲むように両腕を添えて、蛍は禰豆子を覗き込んだ。
「支えてあげてね。貴女の、お兄さんを」
「…う」
噛み締めるようにして伝える蛍に、きょとんと見上げていた禰豆子の目が炭治郎へと向く。
まるでその言葉を理解しているかのような少女の動きに、炭治郎は驚いた。
鬼と化してからは、いつも何処か微睡みの中にいるような雰囲気で、言葉もはっきりとは届かなくなってしまった。
そんな禰豆子が、じっと蛍の言葉に耳を傾けたかと思えば、不意にその身を離したのだ。
「わっ」
「ムゥ!」
小走りで飛び込んだのは炭治郎の腕の中。
思わず尻餅を付く炭治郎の胸にしっかりと抱き付いたまま頬擦りする。
そんな二人の姿に蛍は頬を緩ませた。
「禰豆子は、お兄ちゃんが大好きなんだね」
「ムゥー♪」
「えっと…な、なんか禰豆子が…すみません!」
「いいよ。二人が仲良くしてるところが見られて、嬉しいから」
「…あの…蛍さ…蛍、が言ってた、色って?」
最初こそ緊張気味に表情を強張らせていた炭治郎だったが、蛍が脅威のある鬼とは違うと気付いたのだろう。
その顔に笑みを浮かべると、たちまちに瞳は蛍への興味で染まった。
「俺も蛍のことが知りたい。禰豆子みたいに生きている鬼がいるなんて初めて知ったから」
「…私は…」
爛々と輝くような炭治郎の瞳を前にして、蛍は不意に口を噤んだ。
ほんの短い時間だったが、それでも十分過ぎる程に伝わった。
「禰豆子とは、違うから」
禰豆子は特別だ。
二年間眠り続けたという異例も、兄との不可思議だが確かな絆も、禰豆子だから成し得たことなのだ。
「私は…守れなかった。支えられなかった」
守りたかったはずのものは、この手で血に染めた。
そんな自分が、今更どう足掻いても禰豆子と同じ場所に立てるはずはない。
「だから二人には、二人のまま生き抜いて欲しい」