第4章 柱《壱》
「痛い思いをしたのは、彩千代少女も同じだろう。その痛みを知りたかった」
「そんなの…私の体はすぐに治るから、問題ない」
「しかし痛みは感じるだろう。体と、ここに」
ここ、と言って杏寿郎が自分の拳を、自分の胸に当てる。
「俺は君が鬼になった経緯を何も知らない。しかし人間を怖いと思う程のことがあったのだろう? それは、何も問題なくはないぞ」
「…それは…」
簡単には吐き出せない。
自分を悲観するつもりはないけれど、蔑まれて生きてきた人としての自分の人生を、恥ずかしくないとは思えないから。
立派に生きた、なんて自分自身が到底思えないから、胸を張って話せない。
自分で選んだけれど、いつも選択肢は限られていて、選ばされた人生でもあった。
自分自身で歩んだ道とは思えないから、杏寿郎のように誇らしく言えないんだ。
「…杏寿郎のことは…怖く、ないよ」
俯き加減に、ようやく出た返事はそんなもの。
そんな気休めなことしか言えなかった。
人間が怖いという思いは、まだ消えていない。
だって私が今まで関わってきた人達は、杏寿郎みたいな人達じゃなかったから。
だからこそ杏寿郎の心遣いには温かさと優しさがあって、凄く、嬉しかった。
…私も杏寿郎みたいに、真っ直ぐに自分の思いを云えたらいいのに。
他者の心を動かせるような、そんな熱い言葉が、云えたら。
「…驚かせてすまなかったな。しかし痛みだけでも、君と対等になりたかった」
そっと語りかけてくる杏寿郎のその言葉が、胸に染みる。
私は鬼で、杏寿郎は鬼を狩る剣士。
どんなに対等を望んでも、既にこの立ち位置は平等じゃない。
狭く暗い檻の中。
此処が私の唯一自由な世界だ。
「…うん…」
それでも、その本音は呑み込んだ。私が欲しかった言葉を、思いを、くれたから。
「でももう私への覚悟やけじめで、怪我は負わないで」
「わかった。善処する!」
「……」
善処って。
それ、わかってない。