第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「義勇さんは俺を十二鬼月から守ってくれて…」
『ムゥ! ムー!』
「禰豆子?」
カリカリと背中の木箱を内側から引っ掻く音。
背負っていたそれを床に下ろすと鍵は付いていない扉に、炭治郎が開く前に内側からぱかりと開いた。
「ム!」
中からひょこりと顔を出した小さな少女が四つん這いで出てくる。
かと思えば、すすすと流れるような動作で本来の大きさへと舞い戻った。
それでもその場にいる誰よりも幼い少女は、真っ先に蛍へと興味を示した。
ふんふんと息を竹筒の隙間から鳴らしながら、躊躇することなく蛍の枕元へと寄る。
「あ、こら禰豆子っ」
「大丈夫だ。好きにさせていい」
義勇の制止で、止めようとした炭治郎の動きが止まる。
更にふんふんと息を鳴らしながら蛍を見上げた禰豆子は、徐にその手を伸ばした。
蛍と同じに鋭い爪を備えた、幼い手。
その手はそっと、両手が欠けた蛍の手首に触れる。
「…ムゥ…」
眉を八の字にして下げる様は、まるで怪我を悲しんでいるようだ。
禰豆子のその様に驚いたのは、兄の炭治郎だった。
「禰豆子が…鬼相手に、威嚇しない…」
鱗滝に、人間は家族であると刷り込まれている禰豆子の意識。
故にその人間を傷付ける鬼は、家族の敵だという認識もしている。
なのに蛍に会ってから一度も、禰豆子は敵意を見せる素振りはなかった。
「彩千代も他の鬼とは異なる鬼だ。禰豆子はそれがわかるんだろう」
「確かに…匂いが、他の鬼と違う」
くんと鼻を鳴らす炭治郎の目も、興味を抱いて蛍を見る。
血と灰と消毒液の匂いが混じってはいるが、その隙間から微かに届く蛍本来の匂いは、今まで炭治郎が嗅いできたどの鬼とも違った。
「初め、まして…炭治郎、禰豆子。私の名前は、彩千代蛍」
禰豆子と、そして後方に立つ炭治郎に向けて静かに蛍は名を告げた。
炭治郎と禰豆子の話は、幾度となく義勇から聞かされていた。
否、自ら尋ね訊いていたという方が正しい。
その二人とようやく顔を合わせることができたのだ。