第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「おう胡蝶。何って、蛍の見舞いに来てんだよ。もう会えるか?」
一般隊士なら笑顔の下にある圧に気圧されるが、そこは柱同士。
けろりとした顔で片手を上げる天元に、笑顔のまましのぶは部屋へと踏み入れた。
「会えませんし其処は待機室じゃありません。勝手に寛がないでくれませんか」
「じゃあ何処で寛げってんだァ」
「そもそも寛がないで下さい。柱が四人も揃っておはぎ片手に雑談なんて、うちの隊士達を怖がらせます」
「俺は食ってな」
「冨岡さんは黙ってて下さい面倒臭いので」
始終笑顔を張り付けたまま室内を冷たく見渡す。
十畳一間の室内には、大量のおはぎと強い存在感を放つ柱が四人。
(冨岡さんは論外ですね)
一人空気のような幸薄感を持っている義勇は置いて、それでもとしのぶは苛立ちを覚えた。
「そんなぽんぽん頻繁に面会に来ないで下さい。一日二日で彩千代さんが完治するはずもないでしょう」
蛍が目覚めてから早一週間。
すっかりこの屋敷で見慣れてしまった面子にしのぶは頭を抱えたくなった。
ただでさえ蛍の毎日の視診と治療に加え、預かっている炭治郎達の機能回復訓練も見守っておかなければならないのだ。
そこに柱達の我が物顔した訪問などという面倒を抱え込む余裕はない。
「おいおい何言ってんだ胡蝶。鬼だから治るに決まってんだろ。人間じゃあるまいし」
「治ってません」
「大方は完治しただろうよォ」
「治ってません」
「そうなのか? 失くした両手は?」
「治ってません」
矢継ぎ早に向けられる問いに、しのぶが応える回答は一つだけ。
そこには天元達も驚きを隠せなかった。
「いくらなんでも遅過ぎやしねぇか? 火事からもう十日以上経つぞ」
「ふむ…あの溝口少年が連れた鬼の妹は、不死川に傷付けられた体を完治させたと聞いている」
「溝口って誰よ」
「やはり蛍少女の再生力は、それ程までに落ちているのか…」
「だから溝口って誰よ。竈門炭治郎のことかそれ」
「これは問題だな…ううむ」
「無視かよオイ煉獄」
口元に手を当てて深く考え込む杏寿郎に、天元の声は届かない。