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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 時を同じくして、京極屋の楼主部屋――そこで男は一人、血に染まった着物を抱いて座っていた。
 鉄の錆びたような臭いが未だこびり付いているそれは、亡き三津の着物だ。
 京極屋を育て上げた仕事の上で欠かせない相方でもあったが、何よりも伴侶である。
 その死を無理矢理に認めたものの、心の奥底は何も認めてはいない。

 誰に殺られたのか。
 ――あいつに決まっている。
 どうして殺られたのか。
 ――お三津だけが見抜いていた。

 その些細な綻びを、ただの予想に過ぎないと一蹴したのは自分だと言うのに。


「…ッ」


 く、と楼主の奥歯に力が入る。


「――善子」


 誰もいないはずの部屋に、不意に静かな重みのある声が響いたのはその時だ。


「それと雛鶴はどうした」


 ひやりと冷たい何かが首筋に当たる。
 それがなんなのか、目にしなくとも命を奪う物だと瞬時に楼主も理解した。
 背後を取った男が、首筋に刃物を添えて問いかけてきているのだ。


「簡潔に答えろ。問い返すことは許さない」


 楼主の背後を取っていたのは天元だった。
 今まで隠密を徹底し、強行することなどなかった。
 それも一般人を脅すことなど、鬼殺隊となってからはしなくなったことだ。
 天元のその姿勢を変えたのは、妻三人と鬼殺隊の同志を二人、この掌から滑り落とした所為だった。
 自分の落ち度で招いた結果ならば、自分の手で取り返さなければならない。
 人の命は有限だ。背に腹は代えられない。

 指の力だけで押し付けたクナイが、楼主の頸に細く赤い線を作る。


「っ…善子は、消えた……雛鶴は、病気に…なって…切見世へ…」


 命の危機を悟った楼主の喉が、ごくりと鳴る。
 震える声で告げられた中には、あんなにも求めていた妻の居場所があった。
 こんなにもあっさりと聞き出せるものなら、もっと早くにこの手を取っておけばよかったのではないか。
 後悔の念が生まれそうになったが、それが形となる前に天元は次なる問いに口を開いた。


「心当たりのあることを全て話せ」


 そんな後悔は、全てが終わった後だ。

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