第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「火事の一件後からだ。彩千代が、そういう顔を見せるようになったのは」
「やはりそうか。まだ体も万全ではないし、心も憔悴しているのやもしれんな…」
杏寿郎の言う通りだといい。
しかしそうだとも思えない、腹の底で僅かに何かが沸き立つような不安感。
拭い去れないその思いを抱え窓の外を見続ける義勇の視界に、突如影が掛かった。
「しかし冨岡、君には随分と失礼なことをした。すまない!」
「…なんの話だ」
ずいっと体を割り込ませ覗いてきたのは、いつの間に席を立ったのかおはぎを片手にした杏寿郎だった。
思わず一歩退いてしまう。
「君がお館様から蛍少女を任されていた身だというのに、相談も了承も得ずに継子にしたいと俺の独断でお館様に掛け合ってしまった。すまない!」
同じ謝罪を口にして直角に下がる金と朱の頭。
柱合会議での出来事を思い出して、ああと内心義勇は相槌を打った。
確かに急な展開には驚きもした。
まさか耀哉が蛍を炎柱の継子となることを許可するとも思わなかった。
しかし杏寿郎自身が日頃から口にしていた望みだ。
結果はどうであれ彼は有言実行したまでのこと。
そこに蛍を預かる身だからと言って文句を言う資格など己にありはしない。
「…お館様が認めたことだ。そこに異論を唱えるつもりはない」
「むう。それはそうだが…」
「煉獄が俺に謝る必要もない。そもそも謝るつもりなら最初からする必要もないことだ」
「む…それも、そうだが…」
「なんだァ冨岡の奴、あの態度」
「お。珍しくあの煉獄が冨岡に言い負かされそうになってんじゃねぇか。おもし」
「何してるんです?」
いけ好かないとばかりに睨み付ける実弥に、面白そうに笑う天元。
相反する態度で事を見守る柱二人の背後から静かな声が響いた。
足音も気配もなかったその者の登場に、びくりと大の男達が肩を跳ねさせる。
振り返れば案の定。廊下から笑顔で呼び掛けてきたのは、この屋敷の主である胡蝶しのぶ。
にっこりと浮かべた隙のない笑顔は、目を見張る程の美貌だ。