第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
どくどくと胸の奥で打ち鳴る鼓動。
握った細い手首にも集中しなけらばならない程なのに。
ずっとこの場に身を置いていたいと思ってしまった。
それでも、いつまでもそんな時間は続かない。
いずれしのぶを連れたアオイが姿を見せるだろう。
「では…そうだな」
そっと握っていた手首を布団に戻すと、杏寿郎は穏やかな表情で微笑んだ。
「蛍少女が全回復したら、改めて君の所在を俺の屋敷にできないかお館様に伺おう」
「そんなこと、できる、の…?」
「継子であれば、俺の屋敷に住まわせてもなんら不思議ではない。甘露寺が俺の継子だった頃も住み着き稽古をしていた」
「そう、なんだ…」
「ああ。その前に今一度話し合いは必要だが…今回の事件の真相も、訊かねばな。原因はもうわかった。後は、君の口からあの地下通路で何があったのか話してもらうだけだ」
「……」
「なに、すぐにとは言わない。まずは体を治すことが先決だ。ゆっくり休んでくれ」
「…うん」
俯いていた視線を合わせるように、杏寿郎を見上げる。
血の混じったような真紅の瞳の奥は、深い色。
「…ありがとう」
僅かに口角を上げて礼を伝える。
(──む?)
その表情に、杏寿郎ははたと目を止めた。
「笑顔じゃなかった? なんだそりゃ」
「言葉の通りだ」
もっちもっちとおはぎを咀嚼しながら頸を傾げる天元に、等しくおはぎを手に取りながら杏寿郎が張りのない声を返す。
「あの鬼が笑顔じゃないことなんていつもだろうがァ。つーかそれはあいつのおはぎだ、何食ってんだ」
「そりゃ不死川の前では笑顔になんねぇだろうよ」
「あ?」
「それに蛍はおはぎ食えねーだろ。腐らせる気か」
「ァあ"?」
更にもっちもっちと新しいおはぎを手に頬張る天元に、びきりと実弥の額に青筋が走る。
「なんと言うか…言葉と表情が一致していないように見えた。蛍少女はあんな顔で笑う者だっただろうか…」
「…少しわかる気がする」
「! 冨岡もそう思うか」
大量に積まれたおはぎの机を囲むことはなく、少し離れた窓際に立っていた義勇がぽつりと呟く。
その言葉を聞き逃さなかった杏寿郎は勢い良く身を乗り出した。