第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「十分…杏寿郎は、凄い人だよ…誰が何を言ったって、柱としての自覚も、覚悟も…それ以上の視野も、器も、持ってる。どの柱も、真似できない、もの…だから」
「それは買い被り過ぎだ。俺は先代の炎柱に比べれば、未熟なところが」
「先代が、どんなに凄い人でも、私が知ってる炎柱は…煉獄、杏寿郎」
包帯に包まれた手首が、ない手を伸ばすように。
「鬼の私を、彩千代蛍として、認めてくれた。自分の眼で、見定めてくれた。私の心を揺さぶった、炎柱は…煉獄、杏寿郎だけ。…私が継子になりたいのは、その人だけ、だよ」
「…俺、だけか?」
「うん」
言い様のない感覚だった。
貴方一人だけだと告げられることが、唯一のものだと求められることが、こんなにも心を熱くさせるとは。
「俺で、いいのか?」
いつもの彼らしくはない台詞に、蛍の口元が綻ぶ。
「杏寿郎が、いい」
そんな問いは愚問だと言いたげな目を細めて笑う蛍に、杏寿郎は気付けば手を伸ばしていた。
大きな手が、細い手首を支えるようにそっと包み込む。
「…そうか」
ようやく噛み締めるように零れた声に、蛍はまた笑った。
「杏寿郎って…他人に、かける言葉は…すごく熱くて、強くて…温かい、のに…自分に向けられる言葉には、なんて、いうか…不器用、だよね」
「む…そうか?」
「それ。そういうとこ、だよ」
「む、う」
「ふ、」
「? 何故笑う?」
「や…なんか、可愛いなぁ、って」
喉の痛みはあるのだろう。
微かな吐息程度のものだったが、確かに蛍は微笑んだ。
「普段の、柱として強い杏寿郎も、いいけど…今みたいな、杏寿郎も、好き、かも」
"好き"と告げられた唐突な言葉にも、どくりと胸の奥が脈打つ。
痛々しい手首を握り込み過ぎないように、力を抑えるだけでも注意を払わねばならぬ程。
目の前の蛍の一言一句から目が離せない。
「…そう、か」
ようやく絞り出せたのは、彼女が指摘した不器用な返答だけ。
そんな杏寿郎の姿に、蛍は尚のこと目元を優しく緩ませた。