第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「俺の見ていないところで苦しんではいないか。俺の知らないところで辛さに耐えてはいないか。俺のいない間に命を落としてしまわないか。…仕事以外のことでは蛍少女のことを思い出してばかりで、手元が疎かになってしまった」
「…そう、なんだ…」
「柱としての意識が足りないな」
「そ、そんなこと…」
「いいんだ。俺自身、未熟だと思った。…"あの時"は平気だったのに」
(あの時…?)
何か思い出すように呟く杏寿郎の顔は、己を叱咤しているであろうはずなのに厳しい表情はしていなかった。
炎柱邸の裏山。
其処で天元と初めて実践稽古を行った蛍は、爆撃で体の大半を失った。
あの時はその散々たる様を目の前にしても、足は竦んだりしなかった。
息を呑むこともなかったし、思考を一瞬停止させることもなかった。
なのに何故、今回は黒焦げに染まった蛍を前にして微動だにできなかったのか。
杏寿郎自身が誰よりもよくわかっていた。
そこまで大きな想いを彼女に抱えてしまったからだ。
失ってしまう怖さと、守りたいと思う意思と、命を紡いでくれているだけで尊く感じる想い。
全てが、あの時とは大きく変わった。
「…お館様は、俺が彩千代蛍の師となることを許して下さった」
「!」
「これで正式に蛍少女を継子として迎え入れることができる」
「…ほ…んと、に…?」
「ああ。だからこそ、しっかりと自覚しておかねばならない。君は俺の継子で、俺は君の師なのだと」
ようやく外れていた杏寿郎の目が、再び蛍の視線と混じり合う。
「師である俺が、これしきのことで躓いていては面目が立たない。君が胸を張れるような男になれるよう精進せねば」
自分自身に言い聞かせるように告げた杏寿郎に、蛍は肯定の意を述べなかった。
「……そんな、こと」
代わりに、包帯を巻かれた手を僅かに上げる。
両手が欠けた、手首から先がない細い腕。
それが伸びたのは、杏寿郎の常に肩に掛けている炎柱の羽織だった。