第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「ただ…それを望む、なら…必要だったから…だから、助けた。目の前で、死んで欲しくなかった、から…見るのが、嫌だったから…それだけ」
「……」
「同情なんて、ない、よ。此処にいる、隊士達みたいな、正義感も、ない。…自分の、為な、だけ」
「……によ…それ…」
消え入りそうな声だった。
震える語尾を呑み込んで、アオイの体が力なく椅子に座り込む。
「何よ、それ…」
「…ごめ、ん」
「謝らないで。私が惨めになるから」
大層なことを口にしたなら、鬼の癖にと叩いてやるつもりだった。
気遣うようなことを口にしたなら、鬼殺隊でもない癖にと罵ってやるつもりだった。
アオイの予想していた答えとはどれも違った。
それを呑み込んでしまったから返す言葉がない。
悔しさと少しの哀しみと薄れてしまった恐怖。
言い様のない感情が混ざる感覚に一人項垂れるアオイに、蛍の頭が不安げに浮く。
それを制したのは杏寿郎だった。
頸を僅かに振って、人差し指を口元に立てる。
沈黙。
「……ありがとう」
項垂れたアオイの口元から、ぽつりと零れた。
「…ぇ…」
「助けてくれて、ありがとう。鬼に助けられたのは不甲斐ないけど…事実だから。伝えておく」
目覚めた時から力のなかった蛍の目が、ほんの少し丸くなる。
ようやく顔を上げたアオイの目が、素っ気なく蛍を横目に見た。
「貴女のお陰よ。彩千代蛍」
「…アオイちゃん…」
「こ、子供みたいに呼ばないで。さっきは呼び捨てた癖に」
「ゃ…あれは、上手く話せなかっただけ、で…あ、私も、今の方が好き、かな…」
「今?」
「敬語じゃない、ほう…その方が、いい」
「こ、これは偶々…っ」
「じゃあ、偶々のまま、でいいよ」
「っな、なんで鬼の言うことなんて聞かなきゃ…」
「ははは! 仲良きことだ! 良いではないか神崎少女!」
「は!? な、仲良くなんてしてません!」
「そうか!?」
「そうです!!」
「…という、か…声、大きい…」
杏寿郎が口を挟めば、たちまちに彼色へと染まる。
息をつきながら、蛍は寝違えたように身を捩った。
起きてしまったのは騒がしさだけではない。
睡眠剤が余り効いていなかった為でもある。