第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「優しかった…って…」
「アオイ…呼ぶ、声…何度も、聴こえた、から…それが」
「蛍少女! 起きたのかッ!」
「………声、大きい」
我慢しきれず捲し立てる杏寿郎の影が、ぬっと蛍の顔に被さり掛かる。
「それはすまない! しかし何故起きた? 睡眠剤を投与されたのでは」
「誰かさん、が…そうやって、枕元で…たくさん、話す…から…」
「む…それはすまない」
「いい、よ…へーき」
ほんの少しだけ口角を上げて笑う。
しかし平気そうには見えない重症である。
そうかと笑い飛ばすこともできずに、杏寿郎は浮きかけた尻を再び椅子に下ろした。
「声が掠れているな…まだ喉が焼けたままだと胡蝶から聞いた。無理に話すことはない」
「いいよ…どうせ、なおる…から」
「…から…」
「む?」
「だから、私を助けたりなんてしたの? どうせ自分なら治るからって」
目覚めた蛍を前にして、訊きたかった思いが堰を切ったのか。椅子から立ち上がったアオイの目が、強く蛍を見下ろす。
「人の命は一つしかない。そう私が言ったから。同情で助けたの?」
「……」
「自分なら平気だからって。簡単に命を擲(なげう)ったの? 命を粗末にしたの?」
「……」
「そうやって命を軽んじるから簡単に奪えるのよ。貴女達鬼は」
「神崎少女。それは──」
「きょ、じゅろ」
口を挟むなと言いたげな目線を杏寿郎に配ると、蛍は少女の顔を見上げた。
アオイの生い立ちも過去も何も知らない。
しかし確実にそこには鬼の存在があったのだろう。
まだ十代中頃程の幼さの残る少女。
それがここまで強い目をして何かを否定するとあらば、それだけの何かがあったはずだ。
そこに鬼である自分が入り込むことはできない。
できることとあれば、
「…痛いのは…嫌」
自分の思いを告げることだけだ。
「怪我をするのも、嫌い。叶うなら…痛み、なんて…無縁の世界で、生きて、いたい。治るからって、我慢なんて…したくない。平和な世界で、生きて…いたいよ」
途切れ途切れの小さな掠れ声。
それは切に願い乞う声にも聞こえた。