第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「何故あの火事の中で、私を助けたのか。あの時起こした行動の意味を知りたかったんです」
重い言葉を口にするように告白する。
そんなアオイとは大きく異なり、杏寿郎は当然のようにその疑問を受け入れた。
「ふむ。理由など一つしかないように思えるが」
「え?」
「助けたかったから助けた。それだけのことではないのか?」
「でも…彼女は、鬼で…」
「そうだ鬼だ。だから君を守れると思ったのではないのか?」
「なんで…私を助けることになんの意味が?」
「では逆に君を殺すことになんの意味がある。此処は鬼殺隊本部。隊士を殺せばその頸を跳ねられることを蛍少女も知っている」
「だけど…鬼は私欲で殺しを楽しむ存在です…なんの情もなく、人形のように簡単に弄んで殺す…それが鬼です」
戸惑いながらも言い切るアオイに、杏寿郎は嫌な顔一つしなかった。
寧ろその顔は穏やかに問い掛ける。
「では何故そんな鬼に、君は一人で会いに来た?」
「……」
「本当に蛍少女を今言ったものと同じに見ているなら、此処へ一人で来はしまい。戦場には出ずとも、鬼殺隊の心を失っていない君なら」
「なんで、そんなこと…」
「目を見ればわかる。それに胡蝶の認めた隊士だ。彼女自身が何よりの証」
圧のある見開いた杏寿郎の目。
その目は嘘など言っていない。
それが伝わったのか、アオイの口元まで出掛けた否定の言葉は掻き消えた。
「しのぶ様は…優しい、御方だから…」
ようやく届いたのは、か細くも心から慕う声。
「…うん…そ…思う…」
重なったのは、更に掠れた小さな声だった。
杏寿郎とアオイの目が一点を凝視する。
聞こえたのだ。
確かに、その焼け跡が残る口元から。
驚き見る二人の視界の中で、瞑っていた瞼が静かに開いた。
「あお、い…て、呼ぶ…声…」
天井を向いていた目線が流れる。
僅かに頭を横に傾けて、アオイの目に映る蛍はぎこちなくも頷いた。ように、見えた。
「やさし、かった」