第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
静かに眠る蛍の姿を見つめて、ほんの僅かに呼吸が和らぐ。
だがまだ緊張の残るアオイの様子に、杏寿郎はもう一つ椅子を引いて促した。
「座ってくれ」
「はい」
「冨岡の便りで、目覚めたのは先程だと。仕事で少々遅れてしまったが。神崎少女は、蛍少女の目覚めを見たか?」
「いえ。私も別件で席を外していましたので」
「ああ、蝶屋敷で世話をしている新人剣士達の訓練か」
「! 知っていたんですか」
「なんとも興味深い少年だったからな。あの溝口という少年は」
「は、い…?(溝口?)」
「蛍少女と同じ、鬼化した妹を連れていた。一人の個として妹を尊重し命に替えても守ろうとする。兄として誇るべき少年だ」
「はぁ…(それって、竈門炭治郎のこと?…苗字、間違えてる)」
「そうは思わないか?」
「え? あ…はい…?」
「! そうか、君も鬼を受け入れてくれるかっ」
「えっ? え、い、いや…っ」
つい話の流れで頷いてしまったが、鬼を受け入れるなど安易に頷けるものではない。
ずいと顔を寄せる杏寿郎に圧されながら、アオイは慌てて頸を振った。
「私は鬼なんて…っ」
「怖いか?」
「!」
「鬼を前にすると、鬼の名を聞くと、君の呼吸は僅かに速まる。悪鬼を倒せという使命感からではない。根本にあるのは鬼への恐怖だろう」
真っ直ぐ貫くような杏寿郎の目は、アオイの底を見抜いていた。
「しかし先程蛍少女の寝顔を見た時の君は、恐怖だけではなかった。元々怖さだけなら、此処に一人で来れはしまい。…用があったんだろう? 蛍少女に」
それなりの付き合いがあった訳ではない。
アオイからすると、杏寿郎は雲の上のような存在だった。
そして彼が確実に雲の上程に距離を感じる実力者なのだと思い知らされた。
ほんの少しアオイの言動を見ただけで、その背景にあるものを見抜いたのだ。
炎柱の前で嘘は無意味だと悟る。
「…彼女に訊きたいことがあったんです」
「それを訊いても構わないだろうか」
膝の上に置いた両手を握り締めて、アオイは蛍の横顔を見つめた。