第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「ならば胡蝶も、とある鬼だけに固執するのは止めた方がいい」
「──!」
「そう言われて素直に呑み込めるか?」
「……」
「そうだろう」
返事は聞かずとも、しのぶの目を見れば一目瞭然だった。
唯一の姉を殺した憎き鬼。
その鬼を殺すことだけを求め生きている彼女ならば。
「相当な覚悟だな。君の、その思いは」
「……」
「だから俺も覚悟を持って蛍少女に向き合うつもりだ。生半可な思いではないぞ」
「…私のそれと煉獄さんのそれは、似ても似つきませんけどね」
「そうか? 陽と陰は正反対ではあるが、一歩踏み外せば変わり得る。表裏一体のものだと思う」
「だから、認めろと?」
「強制はしない。俺と君は生まれ方も生き方も違った。考え方が違うのも当然だ」
「……」
「ただ、今の時間を認めてくれればいい」
きゅっと唇を結ぶと、しのぶは静かに頭を下げた。
上がる顔に、瞳は先程のような暗さは宿していない。
「…制限は設けませんから、好きなだけいて下さい。ただ自分の仕事もお忘れなきよう」
「ああ。感謝する、胡蝶しのぶ」
「冨岡さんは十分過ごしたでしょう。いい加減出て行って下さい」
仕方無くと扉に向かう義勇の目が、すれ違う杏寿郎と重なる。
「彩千代の様子を観ていてくれ」
「わかった。任せてくれ」
治療室を後にするしのぶと義勇に、静寂が室内を包む。
ゆっくりとカーテンの中へと踏み込めば、杏寿郎の目に寝台で眠る蛍の姿が映り込んだ。
全身を巻かれていた包帯は幾分減った。
それでもまだ残る火傷のおびただしい跡は数多く。
以前面会に来た時と変わらず、天井を向いた姿勢で眠る蛍の胸が静かに上下している。
口元に耳を寄せれば、すぅすぅと聞こえる規則正しい寝息。
以前はその寝息さえもか細く、消え入りそうなものだった。
ほんの少しだが、確かに浮上した蛍の呼吸にほっと胸を撫で下ろす。
(──ん?)
傍らにある椅子を引き、腰を下ろしかけたところで杏寿郎の目がふと止まった。
目の前の蛍にではなくカーテンの向こう側。唯一の出入口である、扉に向けてだ。
静寂が包んでいたからこそ、微かな扉の開閉音を杏寿郎は聞き逃さなかった。
「何か忘れ物か?」