第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
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「夜分に邪魔する! 蛍少女が起きたと聞」
「黙って下さい」
急ぎ足で扉を開いた杏寿郎を待っていたのは、視界いっぱいに入り込む胡蝶しのぶの顔だった。
「…いた、んだが」
「黙って下さい」
尚も続けようとする言葉を即座に遮るその顔は、にっこりと綺麗な笑顔を浮かべているが違和感ばかり。
何せぴきぴきと額のあちこちに青筋が浮かんでいるのだ。
それはもう憤怒寸前のような雰囲気で。
「蛍少女の顔を」
「黙って下さい」
「見に」
「黙って下さい」
「来」
「それ以上言うと立入禁止令を出しますが」
「…む」
この医療棟の主はしのぶである。
彼女に禁止令を出されてしまえば、同じ柱であっても従わなければならない。
それだけはあってはならないと杏寿郎は渋々と口を閉じた。
「全く。彩千代さんが目覚めたと報告したのはお館様だけだったのに。何故柱の皆さんにも知れ渡っているんでしょうね?」
「俺が教えた」
「…はい?」
「皆も知っておいた方がいいだろう」
「冨岡さん…?」
「? 当然のことをしただけだ」
寧ろ何か問題でもあるのかと後ろで頸を傾げる義勇に、ぴきりと更にしのぶの青筋が増える。
「問題大有りですよ。だからこんなことになっているんでしょう」
「こんなこと、とは?」
「煉獄さんは黙って下さい」
「む、ぅ」
勇ましく上がった太い眉はそのままだが、張っていた胸を下げる杏寿郎はどこか沈みがちにも見える。
血で汚れた包帯を籠にまとめながら、しのぶは溜息をついた。
「冨岡さんはこの場から動かないし、甘露寺さんが伊黒さんと大量の花を抱えて面会に押し掛けたかと思えば、宇髄さんが奥さん方を引き連れて騒ぎに来る。更には悲鳴嶼さんが玄弥君を連れて来て延々念仏を唱え出し、ようやく皆帰ったかと思えば終いには不死川さんが嫌味ったらしくおはぎを寝台に盛り付けに来る始末…此処は柱の遊び場じゃないんですが」
「む…(成程、"あれ"か)」
無闇に声を出せない杏寿郎の目が、部屋の隅に置かれた山のような花とおはぎを見つける。
柱としての急ぎの仕事を終えてから訪れた自分は、どうやら遅い登場となってしまったらしい。